第7章 少年パティシエは世界を変える
第1話 疑心暗鬼は加速する
「状況を確認しろ!! ――貸せっ、私がやる!!」
いちはやく立ち直り、唖然と棒立ちしている警備通信兵に怒鳴ったのは、ゴマ塩頭の野戦服。ムサ・ビトオ将軍だった。
兵士は慌てて自分で無線機を操作し、ヘッドセットに手をあてた。
「ジャ、ジャミングが……!!」
その時刻、ヤムイモンでは、無線も電話も、いっさいの通信が使えなくなっていた。
カッと目を充血させた将軍は、ワール国大統領に怒鳴った。
「ムゴドッ!! 貴様、私を填めたなっ!!」
「なっ……」
ムゴド大統領が絶句する。ビトオ将軍は唾を飛ばし、
「和平会談などと私をおびきだしておいて、捕らえる腹づもりだろう!? 外部に漏れると厄介だから、通信をわざと殺したんだなっ?!」
「それはキミのほうでしょう!! そんな混乱したふりの演技には騙されませんよ!!ここで私を暗殺するつもりですね?! ああ、信じていたのに!! 私がどんな恐怖を押して、首都からはるばるこんな危険地帯まで出向いたか!! やはり側近の忠告を聞いて、影武者を送り込むべきでしたよ!」
「誰がそんな卑怯なことをするか!! そういうこすっからいやり方をするのは、西部のヤツのやることだ!!」
「わ、わしのことかぁッ?!」
ビトオ将軍とムゴド大統領にギロッと同時に目を向けられて、愛国党党首のエキオリが逆上した。愛国党は、ワール国の西部に根を張る人民組織だ。
「まっこと国んためば思い、苦しい中を戦かっちゅうこんわしが、和平会議に水をさすようなこたするち思うかバッカも――うわッ!!」
ドーン、とまた大地が揺れて、エキオリ党首がもんどりうった。ホコリまみれになりながら、ようよう立ち上がっていた他の要人も再びドッと膝をつき、床にはいつくばる。
皆、汗をかき、顔を真っ赤にするか、真っ青にあおざめ、心臓の鼓動は疾走するかのようだった。
「誰が信じるか!! もとはと言えば、西部愛国党がカカオ地帯をリバ国の属地にしようとしたのが内乱の始ま――りゃあっ!!」
「最初んクーデターば起こしたんはビト――おわぁ!!」
ズガーン、と、また別の方向で爆発音がして、全員ぎゅっと身をすくめる。頭を抱え、ひいひいと死の恐怖にあえぎながら、
「くっ……もしやしち、クリストフ……おんどりゃあ……!!」
エキオリ党首が、くるうり、と、何かの妖怪のように振り向き、これまで疑われていなかったクリストフ・カザクリ首相を恐ろしい形相で見た。ひええ、とカザクリ首相が腰を抜かす。
「こんコウモリ野郎めぇ、いつもいつもうまいことやりゃあがっち、わしら三人、同時に亡き者にしようちしちゅうがねッ?!」
「あああたくしはなにもしてないざんすっ! ほほほほんとうざんすよっ! ねぇっ?!」
レミュール顧問にぶんっと首を振り向けて、すがりつく視線をからみつかせるカザクリ首相。
「そういえば貴様、フランスが後ろについてるっていう噂だったな!」
と、ビトオ将軍が歯を剥いて怒り狂う。
そんなことはない!とレミュール顧問が口を開きかけた瞬間、明るいドーム天井の上を黒い影が横切り、高音から低音へとドップラー効果する轟音を残したと思うや、また近くで爆発が起きた。何か言おうと口を開きかけた顔を反射的に腕でかばうようにハッと身を丸めた顧問は、うずくまり、耳を塞いで、その爆撃音と振動、ホコリをやり過ごしてから、はぁっ、はぁっと命の危機に瀕して涙の溜まった目で、荒い息をつぎ、
「ああ……い、いまのは……確かに、我がフランスの誇るSAESER――トラック搭載型自走榴弾砲……」
見上げた大ドームから、コンクリート枠を残して、今の衝撃破で割れた色ガラス片が槍のように――
「うわぁああああ!!」
要人達は、ドームの下から泡をくってダッシュして逃げた。
シャンシャンパリーン、パリーン!シャーン!と場違いに華やかな音をたてて、一面に水色や藍、ピンクや紫のガラスが大理石の床に弾け、砕け散る。ホコリが細かく白く舞う。
その明るく円くくりぬかれた光景を、薄暗い側廊から呆然と眺めながら、ムゴド大統領が、
「やはり、フランスはエキオリ首相の味方だったということですか……!!」
ぶんぶんぶん!とレミュールは首をふった。
「めっそうもないことを!! きっとどこかの国が、フランスの兵器を使って、まるでフランスがやっているように見せかけているのです!! こんなバレバレな介入、うちの陸軍はいたしませんっ!!」
「ということは……」
四人の首領の顔が、いっせいに、ゆっくりと振り向いた。ECOWASから来た隣国の大物政治家に、視線が集中する。
砲弾が、また、ドコーンとどこかに落ちたらしく、ガラガラと何か建物が倒壊する音がした。
「リマガルナ国は、当国に継ぐ世界第二位のカカオ生産国でしたな」
「ワール国の奇跡的経済成長を、いつも妬んで邪魔ばかりしようとしてきた」
「わしらがいがみあやぁ、おはんの国にとっちゃー、わっぜー利益になりもんそ!」
「そうざんすっ!」
「ななな、なんだと?!」
同じアフリカの黒人たちから、ヨーロッパの白人国より怪しいと疑いの目を向けられて、アンドゥ事務局長も逆上した。
「我がECOWAS軍は一発何十万ユーロもする大砲をぽんぽん打てるほど豊かでないわッ!! 西アフリカの経済がどれほどのもんと思ってる!! それもこれも皆が内戦に励んで利益生産に人手がまわらんせいじゃ!! どいつもこいつも好き好んで赤貧スパイラルを加速させおって、無能ぞろいが!! ――ビトオ将軍! あなたの私兵はアメリカ資本から援助をうけとる疑惑がありましたなッ!! 共産軍に偽装したつぎは宗主国軍に偽装ですか!! 次はイスラエルの兵器でも飛び出すのかねっ?!」
「私兵というな!! わっ、私はお国のために――」
――ヒュルルルルル……ドカーン!!
「ビトオ将軍は、そういえばワンマンで、部下の将兵の恨みを買ってもいるとかッ?!」
――ヒュゥウウンッ、ズガーン!!
「私は若者に慕われておるッ! ――いや、だが、もしや、ヤツが……?!」
ビトオ将軍が外を見た。見えない敵を見ようとするように。
「心当たりがあるんざんすねッ! まあっ、部下に反乱されて襲撃されるなんて、間抜けな反政府組織の首領もあったものざんすッ!」
「だがうちはこんな装備はもたん!! ムゴドッ! 先月辞職して下野したボグワ氏じゃないのか! 貴様も相当恨まれてるだろう!! このついでに亡き者にされようとしてるんじゃないのか!!」
――ドコッ! ガラガラガラ……
「人聞きが悪い!! それを言うなら愛国党の内ゲバのほうが最近派手でしょう!!」
「わしゃあ手綱ばしっかりにぎっちょる!! ほんなら言わせて貰うが、おはんとこな首相府のナンバーツー争い、ありゃ最低最悪じゃなか?!」
「キーッ!! 口から出任せを!! あんたんとこ、ローレンスと袂を分かったの、あたくし尻尾をつかんでるざんすよッ!!」
「ほーかー!! ローレンスはおはんとこ行ったっとばい?! おはんとローレンスが手を組んで、わしを闇に葬ろうったぁしちゅうとねッ?! 馬脚じゃッ!!」
ぜえっ、はあっ、はぁっ。
指導者たちは砲火の飛び交う中で罵り合い、息をつぎ、外との連絡の取れない中で、また答えのでない犯人探しに罵り合い、また息をつぎ、さらに罵声を交わし、さらに息をつぎ……
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