九十九 101回目の異世界転生

「僕は、死にまァァァァす!!」

「おい、待て」


 勢いよくトラックに突っ込んで行こうとする僕の首根っこを、友人の日高が引っ掴んだ。

「ゲホッ、ゴホ……!」

「ちょっと待て、川口」

「何だよ!? せっかく人が気持ちよく異世界に転生しようと思っていたのに……!」


 急に喉元を衣服で圧迫され、僕は激しく咳き込みながら唇を尖らせた。


「危うく呼吸困難で死ぬとこだったじゃないか」

「それは良かったな」

「良くないわ」

 日高が乾ききった冷たい瞳で、僕を観察するみたいに眺めた。


「川口。お前が転生するのは別に構わん。だがな……お前が死ぬ度に、こっちの世界では俺達が”事後処理”をしてるって話だ」

 僕らの隣を、10トントラックが砂埃を上げながら通り過ぎて行った。

「肉体の管理、葬式の手配、市役所への手続き云々……全部周りが面倒見てんだ。お前、これで何回目?」

「んー……わかんねえ」

 僕は頭をぽりぽりと掻いた。日高が深いため息をついた。


□□□


 今、僕らの住む現実世界は空前の異世界転生ブームだ。


 科学技術が発展して、自分の意識を肉体から切り離し……俗っぽくいえば魂だけを、望んだ世界に連れていける時代になったのだ。

 やり方は簡単。

 カードサイズの専用の機材から転生先を選んで、それを持ったまま、肉体に意識が乖離するほどの衝撃を与えればいい。”転生機材”も今ではお手軽になっていて、大体お弁当一個分くらいの値段だった。様々な世界の魂達の”転生間交流”は、観光事業を盛り上げたい政府の推奨するところでもあった。今や猫も杓子も、この宇宙や平行世界に住む誰もが一度は、別の世界に転生を経験している。


 もちろん僕だって例外ではなかった。

 例えばクラスで先生に問題を当てられて、答えが分からず恥をかいてしまった時。例えば親に隠していたテストの答案用紙が見つかってしまった時。現実が嫌になる度に、渡った異世界の都合が悪くなる度に、また舞い戻っては転生を繰り返していた。

 だから正直、自分がどれだけ世界を渡り歩いたかさえもう覚えていなかった。日高が頭を抱えた。

 

「別にやるなとは言わないけどよぉ、こっちのことも少しは考えて欲しいんだわ」

 彼の口から溢れる言葉からは、多少の苛立ちが垣間見えた。

「お前、今度は何があったんだよ? 何が嫌になったんだ?」

「んー……」

「何々、何の話?」


 僕と日高が道端で話し込んでいると、向こうからクラスメイトの久美ちゃんがやってきた。

 日高が久美ちゃんを振り返って大げさに肩をすくめた。


「こいつ、まーた転生するってよ」

「そうなの? 川口くん最近多くない?」

「そうかな……」

 久美ちゃんの大きく無垢な瞳で見つめられ、僕は少したじろいだ。

「何かあったの? 悩みなら聞くよ?」

「特に何かあった訳じゃないよ。ただホラ……やっぱり別の世界って楽しいじゃん」

 久美ちゃんが微笑んだ。


「分かるー。私もこの間、王宮に妃として転生して……もしいい世界だったら、川口くんお土産よろしくね」

「うん」

 日高が渋い顔を浮かべた。

「うん、じゃないわ。旅行気分か。そんな軽い気持ちで転生されたってな、向こうの人に迷惑かかるだろ。もっと日本人代表として……」

「あーもう! うるさいなァ。お前こそ、親かよ」

 僕はカバンを放り投げてガードレールに片足をかけた。


「難しく考えすぎだっての。僕だって、好きでこの体と心に生まれたわけじゃないからね。たまには嫌になる時だってあるさ……お前だってそうだろ?」

「まあ……だけどなァ、お前は多すぎなんだよ。こっちの世界だって処理が大変……」

「別にほっといてくれて良いよ僕の体なんて。もう飽き飽きしてたところだ。僕だって一年は戻らないつもりだから。それに気に入った世界さえ見つかれば、それこそ永住だって考えるつもりさ」

「あのな……」


 ガードレールの前を、ビュンビュンと車が駆け抜けていく。僕はなおも何かを喋ろうとする日高を遮った。

「たまには自分を忘れて、気晴らしに異世界に行ってのんびりしたい時だってあるわ。チートで無双したりな。皆やってることだし、別にいいだろ。じゃあな」

「おい……!」

 それが、僕が耳にした日高の最後の言葉になった。次の瞬間、僕の体は10トントラックにぶつかり、骨ごと粉々になった。


□□□


「ふぅ……。全く小言の多い奴だよ。将来ハゲるぞ絶対……」


 意識を取り戻した僕は、無事転生を済ませ、辺りをキョロキョロと伺った。

「…………」

 どうやら新たにやってきた世界は、荒野のようだった。


 辺り一面、草木一本生えていない荒地が広がっている。遠く何百キロと離れた景色の先に、かろうじて岩山が見えるくらい。四方八方に何もなかった。昔みた火星漂流の映画を思い出して、僕は少し寒気がした。

「”ハズレ”か……」

 僕は舌打ちした。たまに転生しても、自分の理想とする世界とはかけ離れた、スローライフとは程遠い場所に飛ばされることもある。大規模な宇宙戦争の跡地だったり、野生生物が跋扈するジャングルだったり。そういうのが好きな人にはいいのだろうが、僕が求めているのはそんなんじゃない。


 仕方なく、僕は緑色になった右手でカード型の”転生機材”を取り出して、カスタマーセンターに電話をかけた。

『毎度ありがとうございます。こちら転生管理センター、担当:小林でございます』

 小型のカードから、電子音が明るく鳴り響いた。

「もしもし。川口です。あの……転生やり直したいんですけど……」

『川口様ですね。ありがとうございます。発信元から登録番号を確認しますので、少々お待ちくださいませ……』


 耳元で『エリーゼのために』が流れるのを聞きながら、僕は殺風景な荒野を眺めた。遠く向こうの方で、見たこともないほど巨大なハイエナのような生物が屯ろしているのが見える。その巨大な牙に目を凝らしながら、僕は早めに手を打って正解だった、と胸を撫で下ろした。


『もしもし、川口様』

「あ……はい。あの、できるだけ急いでもらえませんか? 何かヤバそうな生き物が、こっちに近づいてきてるっていうか……」

『あの、実は、大変申し訳にくいんですが……』

「?」

 担当の小林さんの声が、徐々に小さくなっていった。僕は向こうから駆け寄ってくる生き物に目が釘付けになったままだった。


『お客様の体にですね。別の世界からスライム様が転生しておりまして……。元の体に戻れるのは、早くても一年かそれ以上になりますね』

「!? 僕の体に……!?」

『ええ。スライム様も、”こんなに住み心地の良い体初めてだ”と、大変お喜びになっております。”後一年はこの体で、この世界でやっていきたい”と……あの、良かったですね』

「ええ……いや……。ええ……!?」

『ですから、大変心苦しいのですが、どうかお客様も今の転生先で一年楽しんでいただくという形で……。それまで魂を壊されてしまわぬよう、どうかお気をつけくださいませ……』

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