九十七 踏切の向こう側
踏切が締まると、降りてきたのは黄色と黒の遮断棒……ではなく、真っ赤な鳥居だった。
私はあっけに取られた。
仕事帰り、もうすぐ日が暮れようとしていた時間帯だった。
目をこすり、もう一度前を見る。
どう見ても、鳥居だった。
線路の前に、古ぼけた鳥居が澄まし顔で立っている。
混乱する私の前に、さらに理解不能な状況が押し寄せてきた。
向こうから、巨大なビルが線路を走ってきたのである。
見間違いではない。
ビルが横向きに倒れ、線路を突っ走っている。
それだけではない。猛スピードでビルが左から右へと過ぎ去って行くと、今度はその後ろから眩い閃光が、さらにその後ろから忍者が駆け抜けて行った。そう、あれは確かに忍者だった。
忍者の次はおにぎり、ドラゴン、本を抱えた少女……と続く。謎の行列は中々終わらなかった。その間、踏切の周りにはずっと調子外れの「かごめ、かごめ」が流れていた。
鳥居は、鳥居だから、くぐれないこともないのだが、線路上を走っているブラウン管や幕末の志士に轢き殺されて人生を終えるのは、さすがに泣くに泣けない。仕方なく、私は行列が過ぎるのをじっと待っていた。私の隣には車や主婦もいたが、彼らは特段驚いた様子でもなかった。私は首をひねった。
或いは私にだけ、このおかしな光景が見えているのだろうか?
どれくらい待っていただろう。最後の最後に、森野投手がやってきた。私の応援しているプロ野球選手の一人だ。コントロールに定評がある。
「あなたも、走りますか?」
驚いたことに、森野投手は私の前で止まり、鳥居の向こうから話しかけてきた。私はブンブンと首を振った。
「そうですか」
じゃ、トレーニングがあるので。彼はそう言って、再び線路上を走り出した。
列が終わり、ようやく鳥居が上がり始めた。鳥居はある程度上まで行ったところで、煙のように夕暮れの景色の中に溶けていってしまった。
それから何もかもが日常に戻った。隣にいた車も、主婦も、何事もなかったかのように線路を渡った。
狐につままれたような話である。
あれ以来、何度も同じ道を使っているが、線路に鳥居が降りてきたことは一度もない。ちなみに森野投手は、その年リーグで最優秀防御率を取った。私が線路上であったのが本物の森野投手であったのか、確かめる術は今のところ、ない。
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