九十六 少女監禁中

二月四日 

撮影開始。監禁部屋。

カメラを部屋の隅に固定し、監禁している彼女をレンズの正面に向かい合わせる。一昨日車に乗せようとしたときは激しく抵抗した彼女だったが、縛り上げて一晩中放置していたおかげか、大分憔悴しきった顔で大人しくなった。地下に拵えた監禁部屋には窓も空調もない。私も彼女も着ていた服が汗でべっとりと肌にまとわりついていた。これからどう彼女を「調教」してやろうか。汗まみれの上着を脱ぎ捨てながら、私はカメラの位置に気をつけつつゆっくり彼女に近づいた。




二月八日 

自分の書斎。

私はライブで撮されている彼女の様子をモニタで眺めながら、一緒に奪ってきた荷物を漁った。携帯電話、財布、化粧道具、携帯ゲーム機に彼女の通う高校の生徒証…そこには、整った顔立ちの美少女が少し微笑みながら写っていた。何とも可愛らしい、優しい性格を感じさせるような素敵な笑顔。目隠しをされ、猿轡を噛まされた今の怯え切った表情とは真逆だった。顔を上げ時計を見ると夜の三時を指している。彼女には時間の感覚はないだろうが、もうすぐ「餌」の時間だ。私は無意識に唾を飲み込んだ。




二月一十四日

会社から帰宅。 

どうやら彼女の学校が、失踪事件として警察に報告したらしい。地元の放送局が、十五分程度の特集を組み彼女の通う高校を撮影している。録画しておいたそれを監禁部屋で彼女と鑑賞しながら、私はビールを飲み干した。場面は変わり、教室で彼女のクラスメイト、そして彼女の母親が出てきてインタビューを受けている。私はちらと彼女を盗み見た。彼女はいつのまにか泣いていた。どんなに厳しく「調教」しても泣かなかった彼女が、大粒の涙を流して顔を歪ませていた。アルコールが体中を駆け巡り、私は次第に興奮していくのがわかった。




二月二十一日

モニタの前。

私の家の前で、一人の男子高校生がうろうろと中の様子を伺っていた。玄関に取り付けられたカメラをチラチラと気にしている。確認をとって見ると、彼女は驚いたように目を見開いてその映像に釘付けになった。反応を見るにどうやら彼女の知り合いらしい。彼氏だろうか。だとしてもどうやってこの場所が分かったのだろう。どちらにせよ証拠はないはずだ。これ以上彼女に映像を見せていたくなくて、私は目隠しを巻いた。監禁部屋を出て、狭く短い通路から階段をゆっくりと登っていく。あの少年…私は嫉妬の渦が胸をかき乱すのを感じた。何とかしなくては…。




三月九日

応接間。

進路相談をさせて欲しい、と先日の男子高校生が言ってきたので、私は迷ったが自宅に招き入れることにした。彼の担任でもない教頭の私に言ってくるということは、恐らく真の目的は彼女の探索だろう。昨日引っ張り出した接客用の紅茶を飲みながら、私たちはお互いの腹を探りあった。どうやってこの場所が分かったのか。場合によってはこの男子生徒も処分しなくてはならない。何より監禁中の彼女が、希望を持ち始めたことが気に食わなかった。先日の映像のせいで、この男子生徒が助けてくれるんじゃないかと期待しているのだ。


 一見痩せぎすの、飄々とした目の前の男子生徒を、私はジロリと睨めつけた。なるほど、確かに爽やかな風貌で女子生徒にはモテるだろう。成績表を確認してみると、学年でも上位の成績を収めていた。ますます気に入らなくなって、私はフン、と鼻を鳴らした。


「すみません。ちょっとお手洗いを借りてもよろしいですか?」


男子生徒がさりげなく尋ねた。私は頷いた。来た。やはり彼は何かを知っている。もし彼女のことを探るような素振りを見せれば、殺すつもりだ。


「廊下の角を曲がった先だよ。ちょっと遠いから迷うかもしれないが」

「ありがとうございます」


そういって出て行った彼を確認して、私は素早く書斎のモニタの前に滑り込んだ。彼が来る前に、自分の家の至るところに隠しカメラを仕掛けてあった。映像がライブで映し出され、廊下を進んでいく彼が見える。暗闇で煌々と輝くモニタに目を凝らしていると、彼が曲がり角であたりを確認しながら、携帯ゲーム機を取り出すのが見えた。


 携帯ゲーム機。携帯電話の方は処分していたが、そちらの方は荷物と一緒に放り出したままだった。ゲームなど全くと言っていいほどやらないのでわからないが、どうやらそれを使って彼女の居場所を特定したようだ。映像の中で彼はゆっくりと応接間にいるはずの私の様子を伺い、素早く階段を下りていった。


 これで確定だ。やるしかない。モニタの前で心臓が激しく踊りだした。用意していた16cmの出刃包丁を取り出す。私は応接間を飛び出した。地下の階段を下り、監禁部屋へと向かう。鍵を開けられるはずはない。一方通行の狭い地下で、男子生徒は袋の鼠になっているはずだ。私は長い廊下の角を曲がり急いで階段を駆け下りた。だが目の前には監禁部屋の扉があるだけで、男子生徒の姿はなかった。驚いた私が振り返った瞬間、階段の中腹で待ち構えていた彼に思いっきりバットで頭を殴打された。



三月九日

監禁部屋。

気がつくと私は手足を縛り上げられ、目の前にはカメラが設置してあった。どうやら彼は、家に隠しカメラが設置してあったのを目ざとく見つけていたのだろう。わざと自分が階段を下りるのを私に確認させ、もう一度一階に戻り私を待ち構えていたというわけだ。私は舌を巻いた。まんまとしてやられたというわけだ。彼女は…私のものであった彼女は…当然もう彼に助けてもらっただろう。だが、このままで終わるわけにはいかない。私は目の前のカメラを上目遣いで睨みあげ、にやっと笑ってみせた。




四月一日 

撮影終了。四次会にて。

クランクアップした「ドラマ」の打ち上げで、私は「監禁」していた彼女と二人で自宅で飲んでいた。二月から始まった約二ヶ月間に及ぶ撮影は、短いとは言え満足した仕上がりになっている筈だ。


「それにしても、まさか犯人が応接間で出した紅茶に睡眠薬を仕込んでいたとはね」


私は撮影を振り返って彼女に感想を述べた。


「当然彼女も事前に眠らされていた。それにしても男子生徒が真っ先に警察を呼ばずに彼女を助け出そうとしている間に薬が効いて形勢逆転、ってちょっとお粗末な展開だとは思わないか」


彼女は何も言わなかった。宅呑みとは言え四次会ともなるとやはり疲れているのだろうか、撮影前にあった彼女の笑顔はそこにはなく、ただただ私の話に無反応だった。


「おい、大丈夫かい?ドラマの方なら今きちっと映像を編集しているところだよ。出来上がったら彼と三人で見よう。ほら、今も彼この家の地下の撮影現場にいるからさ。もう死体だけど」


私は声を出して笑った。だがそれでも彼女は笑わなかった。


「冗談だよ。『死体はちゃんとバラして埋めた。匂いはついてない』。そうだ、ちょっと見に行ってみようよ」


酔いの回っていた私はさらにからかう様にドラマの内容を諳んじると、気のせいか撮影前より軽くなった彼女をひょいと抱え上げ、一緒に地下室へと向かった。

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