九十 21回目の実験失敗

【2021/3/1/19回目/実験失敗】


基準値以下。ナノプシャンポリマーとポリトリチルメタクリレートの配合加減を間違えただろうか。さらに局所排気装置ドラフトチャンバーの一部は上手く作動しなかった。

(中略)

マルクス博士はストレスで、とうとうラボに来なくなってしまった。来週の世界環境会議までに、結論を急がなければ。予算を使い切らなければ、この研究室も危ない。

【2021/3/2/20回目/実験失敗】


アボガドロ定数は基準値を満たしていたが、今度はキーゼルバッハ部位が誤作動を起こす。ゲシュタルト崩壊の量が足りなかったか。実に衒学的である。

博士は今日も欠勤していたので、私と雇われ助手のジェシカの二人でドラチャンを動かすことに。それにしても、頭が重い。これほど失敗続きだとさすがに気が滅入って来る。

【2021/3/3/21回目/実験失敗】


基準値以下。話にならない。ジェシカとアンドウは、ラボの隅っこで靴下サッカーを始めてしまった。今日はもう実験になりそうにない。私も気晴らしに小休憩。自販機で買ってきたコーヒーを、うっかり局所排気装置ドラチャンの中に零してしまう。壊れたらどうしよう。博士にバレないといいが。証拠隠滅を図り、冷や汗をかきながら帰宅した。

【2021/3/4/22回目/実験失敗】


3日ぶりに博士がラボに来た。何やら局所排気装置ドラチャンの調子がおかしいと仕切りに首を傾げている。弁償すれば、優に1000万ドルは下らない代物らしい。いや、それ以上に国家機密だ。私が壊したと知れれば、命も危ない。もちろんその日のうちに辞表を提出した。どうしよう。どうしよう。


 混乱している。どうしよう。急いで州を……いや国を脱出しなければ。落ち着け、ライナス! こんな文章を書いている場合でもない。この日誌も、早く処分しなくては!

2021/3/5

ニュージャージー州立似非科学研究所は同日、ツァイガルニク効果における収斂進化に関する実験に成功したと発表した。同研究所のマルクス=ジェファーソン博士は記者の取材に対し「ナノプシャンポリマーとポリトリチルメタクリレートがドラフトチャンバーでキーゼルバッハしてドーン!!」とコメント。精神鑑定が急がれている。

(中略)

この実験により、あのゲーデルの不完全性定理が解明される模様。将来的には土力発電の利用などに……。

2021/4/1/似非科学博士・マルクス氏による記者会見


「……ありがとうございます。えぇ、実験は無事成功しました。長い道のり、実に22回目でした。カギは、カフェインだったのです。ほんの偶然の産物ですが。カフェインを少量混ぜることによって……専門的な説明は省きましょうか。


 はい。盲点でした。まさかと言った感じです。えぇ、一体どうしてこんなことになったのか、私にも分からなくて。とにかくこうして皆さんに成果をお見せすることができて、非常に光栄です。優秀な部下たちにも感謝と拍手を! そして不運にも数日前交通事故を起こし、亡くなったライナスに黙祷を捧げます」

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