五十一 『18歳以上閲覧禁止』
「うわああああ!」
夏休み。
僕は家を抜け出して近所のレンタルショップに一人遊びに出かけた時のことだった。急に店の奥から叫び声が聞こえて、僕は驚いて振り返った。
見ると、黒とピンクののれんの向こうから、スーツを着た四十代くらいのおじさんが泣きながら飛び出してきた。
僕は目を丸くした。
大の大人が、人目もはばからず涙を流しているのを、今まで見たことがなかった。おじさんは周りが目に入らないくらい取り乱していて、
「返してくれ…返して…」
と声を絞り出しながら、一目散に店の外へと駆け出していった。店内にいた僕らはあ然としてそれを見送った。僕はレンタルショップの奥のほう、黒とピンクの怪しげなのれんを見上げた。
『18歳以上閲覧禁止』
赤いストップマークの上に書かれたそこには、確かにそう書かれていた。僕は目をこすった。間違いない。他の店のように『未満』ではなく、『以上』になっている。
他のお店だと、のれんの先には子供にはまだ早すぎるような怪しげな商品が並んでいる。というのは、兄から聞いて、まだ8歳の僕にも少なからず少しだけ知識があった。だけど、ここに掲げてある文字はその逆だった。大人にはもう遅すぎるようなものとは、一体何なのだろうか?
僕は思わず中を確かめたくなって、そわそわとのれんへと近づいていった。何だか悪いことをしている気分になって、胸がドキドキした。
「あのう……」
のれんの前では、店員さんが見張りをしていた。僕はおずおずと話しかけた。
「ここは……入ってもいいんですか?」
「坊や、歳はいくつだい?」
「8歳、です」
「大丈夫だよ。さあ、中へ」
僕が恐る恐る年齢を告げると、店員さんがにっこりと笑って僕を中へと促した。一体何があるんだろう?僕は高鳴る胸を押さえながら、ゆっくりとのれんをくぐった。
のれんの先では、また更に小さなブースで仕切られ、一人一人が入れる個室が何個も作られていた。中で待っていたもう一人の店員に促されて、僕は小部屋へと足を踏み入れた。個室の中にあったのは、小さな椅子と、ヘルメットのようなものだった。店員は僕を椅子に座らせシートベルトのようなもので固定すると、ヘルメットを被らせてくれた。
「君の記憶を読み込んで、中のディスプレイに映すから……気分が悪くなったらいってね……」
僕が聞こえたのはそこまでだった。すう……っと意識が遠くなり、目の前が真っ白になっていった。
「あれっ!?」
気がつくと、僕は自分の家にいた。
机の上には、まだ終わっていない宿題が広げられている。窓から太陽の日差しが差し込み、ガラス越しに聞こえるセミの鳴き声がとてもうるさかった。僕は辺りを見渡した。壁に掛けられてる戦隊ヒーローのポスターは、たしか一ヶ月前に汚れてお母さんが捨てた奴だった。どうやらここは現在の僕の部屋というわけではなく、少し前の……僕の記憶の中の部屋らしかった。
突然ドアが開かれ、お母さんが麦茶を持って部屋に入ってきた。
「たかし、ちゃんと宿題しなきゃダメでしょ! もうすぐ夏休みも終わるんだから!」
「わ、分かったよ……」
映像とは分かっていても、あまりにも本物そっくりなお母さんの姿に、僕は思わず声を出してしまった……。
「お疲れ様。どうだった?」
数分後、僕はヘルメットを外され、にこやかに微笑む店員さんに出迎えられた。しばらくぼうっとしていた僕は、目を瞬かせながら頭を振った。
「ううん……忘れてたよ。僕、まだ宿題終わってなかったんだった」
「そう。じゃあ帰ってやらなくちゃね」
「うん……何だかだまされたみたい。のれんの向こうにあるから、もっと面白いものが見れるかと思ったのに」
「そうね…でも人によっては、刺激が強すぎるみたい。だから18歳以上は見ちゃダメなのよ」
「別にこんなの、家に帰ればいつでも見れるよ。今日の朝だって、僕お母さんにそう言われて来たんだから。明日も、明後日も、休みが終わるまで、ずーっと……」
僕はがっかりして、椅子から飛び降りるとさっさと小部屋から抜け出した。のれんをくぐると、驚いたことに、さっき泣きながら出て行ったおじさんが戻ってきていて、必死の表情で店員さんに頭を下げていた。
「頼む! もう一回、もう一回だけ見せてくれ……! 金ならいくらでも払う! もう一回だけ……!」
「ダメです! お客様、ここは18歳以上閲覧禁止ですので……」
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