十二 お化け屋敷

『最恐! 本物が出る!? 恐怖のお化け屋敷・リニュアール=オープン!』


 そんな謳い文句を掲げ、寂れた遊園地の一角にある、古ぼけたお化け屋敷が改装された。以前はあまりに時代遅れの小道具やセットに、屋敷を訪れた観光客からの評判は頗る悪かった。だが、遊園地の再興を掛け、オーナーである私自らが指揮を取ったのだった。


「お客様、来ますかねえ……」


 受付で、アルバイトのミヨちゃんがあくび混じりに言った。私は渋い表情で、三角頭巾を被りながらたしなめた。


「大丈夫だ。今回は私もお化け役をやる」

「だからこそ、不安だなぁ」

「何を言うか。私は昔から人を楽しませることが大好きで……特にお化け屋敷には、強い思い入れがあるんだ」


 そう宣言する私を、ミヨちゃんは疑い深げな眼差しで見つめた。そんな彼女を尻目に、私はお化け屋敷の最奥、持ち場の位置にスタンバイして開園を待った。


 だが、やはり現実は厳しいと言ったところか。昨日と比べても、客は多いとは言えなかった。ましてや古びたお化け屋敷に入ろうというもの好きは、滅多にいない。それでも私は諦めなかった。



 私には勝算があった。数時間のスタンバイの後、ようやく一人目の客が屋敷に入ってきた。私は渾身の演技で客の後ろから飛び出し、両手を前に突き出し幽霊のポーズを作った。


「おおおおおぉぉぉ……!」

「うわっ! びっくりした、なんだこいつ」

「お化け……?」


 薄暗い通路でいきなり後ろから声をかけられた客の反応は……最初は驚いてくれたものの、イマイチ芳しくはなかった。私は内心傷ついた。お化けの演技には多少自信があったのに……。変なものを見る目で白装束の私を一瞥し、客は出口へと歩き出した。


 残された私は急いで白装束を脱ぐと、出口の受付で足止めをくらう客の元へと回り込んだ。受付に何気ない顔で登場し、私は訝しげな客に向かってにっこり笑いかけた。


「お疲れ様でした。如何でしたか? 当園のお化け屋敷は?」

「え? ええ……あんまりだったけど……最後の変な幽霊だけは驚いた、かな?」

「そうね。白装束を着た……」

「最後? 変ですねえ……白装束を着た幽霊なんて、ウチでは雇っておりませんが……」

「「え……」」


 驚く客に私は精一杯とぼけて見せた。そんな馬鹿な……、と狐に抓まれたような表情をしながら、客たちは屋敷をそそくさと出て行った。彼らの後ろ姿を見て、私はほくそ笑んだ。



 上手くいった。

屋敷の中は、雰囲気だけであまり怖がるような仕掛けをあえて外しておいた。そして最後の最後で私が白装束で登場することによって、客たちにそれを印象づける。後は出口の受付でちょっとした「手回し」をしておけば……彼らは「本物の幽霊を見た」と思い込むかも知れない。あわよくばそれがネットなどで拡散され、宣伝効果を生み出してくれれば……。


にやにやしながら私は白装束を纏い、また定位置に戻り客の来るのを待った。



 結果は、大成功だった。

客の数自体は少なかったものの、皆が皆信じきっていた。出口にたどり着いた客は口々に「白装束の幽霊だけは印象に残った」と不満げに言い、「そんなものいませんよ」と言う私の言葉を信じ、大いに驚いて出て行ってくれた。閉園後、私は大満足で入口に居たミヨちゃんの下に駆け寄った。


「お疲れ様! いやあ、こんなに面白かったのは初めてだよ。特に最後のお客様なんか……」

「お客様?」


 受付のカウンターで、ミヨちゃんが不思議そうに首を捻った。


「変ですねえ……今日もお客様、一人も来ませんでしたけど……」

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