十一 「この小説には適切な表現が含まれているため、表示できます」
「予測変換ってあるでしょう。キーボードで『あ』って打ち込んだら、みんなが検索してる人気ワードとか、過去に自分が検索した言葉とかがずらっと並んでる奴。理屈はあれと同じようなもんですよ」
開いた頭蓋骨の右側を『
「このAIチップさえあれば、自分がこれから何をすべきか……全てコンピューターが判断してくれます。例えば道に迷った時、右に行くべきか左に行くべきか。人間の脳なんかで考えるよりもずっと速く、AIチップが貴方の人生の”
「それは楽しみだな」
続いて左の脳も弄ってもらいながら、俺は満足げに無精髭を撫でた。
それにしても、素晴らしい時代になったものだ。
最新の
何せこの『最適解チップ』を脳に埋め込んでしまえば、持ち主の健康状態や今後の資産運用に到るまで、約一秒で百年先まで計算して適切な答えを出してくれるのだ。
「脳内のチップは人工衛星と常に繋がっていて、世界中のどこからでも最新の情報をアップデートすることが可能です。道案内をしてもらったら地図が十年前のだった、なんて心配もいりません。生きている限り、貴方は常に最適解を選び続けるのです」
「つまり絶対に間違わない人生ってわけだ」
鏡の中の俺が、思わずニヤニヤと笑い返してきた。すごいものが手に入った。普段は我々の税金の無駄使いしかしない無能な政府だが、今回ばかりはいい仕事をしたと褒めてあげたい。しかもこれが、カフェで頼むコーヒー一杯分より安い値段で手に入るなんて!
※※※
「返して! 返してよ!」
「ん?」
手術が終わり脳を閉じてもらっている間、突然、散脳店に若い女が押しかけてきた。鏡の端っこの方に、店の入り口で女が屈強な店員達に囲まれているのが映っている。若い女は店内にも聞こえる大声で喚き散らした。
「あの人を返して! あの人は、野菜なんか嫌いだった! なのに、アンタ達のチップの所為で……!」
「奥さん、落ち着いて。チップは旦那様の健康状態を加味した上、計算上”最適”な夕食を選んでいるだけですので……」
「あれだけ無愛想だったのに、今じゃいつも笑顔で、朝起きたら私に『おはよう』なんていうのよ!? しかも、早めに起きて私の分まで朝食を用意して! まるで……まるで、今のアンタ達みたいな、笑顔、で……」
「いいことじゃないですか」
「それこそが、適切な答えだったんですよ」
鏡の中の景色では、椅子に座らされた俺からは男達の背中しか見えなかった。彼らの表情は伺えなかったが、女の顔がみるみる青ざめていくのがわかった。大柄な店員達はヒステリックになった女を捕まえると、半ば強引に店の外へと締め出した。女はしばらく店の外で金切り声をあげていたが、やがて諦めたように何処かへ消えていった。俺は半開きになっていた口を閉じた。
「ありゃ、なんだね?」
「ああ、お客様、すいません。たまにいるんですよ、ああいうのがね……」
訝しげに鏡ごしに美容師を見上げると、彼は困ったような笑顔を浮かべていた。美容師が肩をすくめた拍子に、俺の頭に刺さりっぱなしだったハサミが勢いよく引き抜かれた。
「気にすることはありませんよ。気にしないのが”
「う……ム」
……なんだろう?
何だかさっきまでとても気がかりなことがあったような気がするが、さっぱりワスれテシまッタ……。
「さあ、もう終わりましたよ。お疲れ様でした。気分はどうですか?」
「う……」
美容師ガ俺ニ笑イカケタ。
気分ハ……気分ハ最高ダ。何故ナラ、ソレガ最適解ダカラ。
「貴方はもう、何も間違えることはない。人生において、常に正解を叩き出すことでしょう。我々にとって都合のいい正解を、ね。では……行け」
「ハイ」
※※※
「どうもありがとう。なんだかとても頭がスッキリした気分だよ」
「いえいえ、こちらこそ」
俺は財布を取り出しながら頭を弄ってくれた店員に笑いかけた。×××××××、××××し××××だ××××。一体××××××××××××××××××××××××××××××××か、少し××××××××××××××××××××、しかしそれも特に気になラナイ。××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××、キットAIガ適切ナ答エデ脳ヲ導イテクレルニ違イナイ。会計ヲ終エルト、俺ハ今マデノ人生デサイコウニ気分良ク店ヲ出テ行ッタ。
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