六 少年X
はじめは、ネコだった。
なんで? なんでって、理由は特にない。ただ、気がついたらやっちゃってるような感じ。ホラあれだよ、梱包材の透明な
つまり、殺しを。命を奪うその行為をさ。
かわいそうだとは思うけど、自分でも止められないからしょうがない。
最初は石を投げるとか、そんなたわいのないイタズラだったかな。Xが潰れたり、XXが折れたりした姿は、とても痛々しくて、ボクも心が張り裂けそうだったよ。
だからやった。
そのうち向こうも警戒して、中々近づいて来なくなるから、今度は餌にXXXXを混ぜて道端に置いておくことにしたんだ。するとどうだろう。運悪く、そのうち一匹が死んじゃってね。塀の上で酔っ払ったみたいになって、しばらくしたら痙攣し出して、それであっという間。
最初はしまったな、って思ったよ。
だって殺しちゃうと、反応が見れなくてつまらないじゃないか。アイツらが驚いたり、泣き叫んだり、そういうのが楽しいのに。
死体から変な匂いがして、あれには参った。だけどまぁ、死体を解剖したり、Xで踏み潰したりするのはまた別の面白さがあったかな。Xが砕けるとさ、フフ、すっげぇ面白い音がするんだ。今度試してみてよ。それで気がついたら、どんどんハマっちゃった。
それからネコが犬になって、犬がぶたになって、ぶたが牛になって、そしてとうとう人になった。それだけの話。途中で虫になったり魚になったり、XXXになったりもしたけど、大体そんな道筋を辿った。進化論みたいだね、ボクの殺害遍歴。とにかく最終的には人になったんだ。
意外と簡単なんだよ。難しいことを考えなくても、人体って脆いし、人って容易く死んじゃうってこと。
もちろん、ちょっとは気後れもしたけど、別に大丈夫だろうって思った。未成年者は少年法で守られているし、実名が報道されることもない。成人式を迎えるまでに、如何に世間を騒がせる凶悪犯罪を起こせるかは、ちょっとしたチキンレース、若いボクらの勲章みたいなもんだ。
殺したあと、血でメッセージを残すようにした。
「次ハオ前ダ」
「楽シイゲームノ始マリ始マリ」
「見テルゾ」
……うーん、どれもありきたり過ぎて、こっ恥ずかしい。さすがに自分の学の無さがちょっと哀しくなった。
それからはしばらく、何気ない毎日が続いた。ゲームをして、動画を見て、人を殺す。模範的平均的中学生みたいな、実にありきたりな日々だった。
分かってる。こんなこと絶対やっちゃいけない。
だからどんどんやった。
だってそうだろう? 「人を殺しちゃダメだ」なんてみんな良識ぶって言ってるけど、禁止されればされるほどやりたくなるものだって、こんな簡単なことが、どうして大人は分からないんだろう?
街は当然大騒ぎになったよ。
田舎も田舎で、ほとんど人とすれ違わないようなところだったけど、ネコの死体が見つかってからはみんな徒党を組んで練り歩き出した。自警団だか、見回り隊なんか作ってさ、全国からカメラマンやニュースキャスターがわんさかやってきた。こんなにたくさん人がいるところを見たのは初めてだったな。警察も毎日目を光らせて、何処かに殺人鬼がいやしないかって、街中がピリピリし出した。
当然ボクも張り切ったさ。ゲームだってそうだろ? 難易度が上がれば上がるほど、やりがい感じちゃうじゃない。近所の小学生、腰の曲がった老婆、仕事帰りのサラリーマン……二桁に行くか行かないかくらいだったかな。ある夜、人を殺した帰りにさ、消防団のおじさんがボクをジロリと睨むんだ。
「どこ行くんだ?」って。
だからボクは言ってやったよ。
「学校」
「学校?」
夜中に学校は変だったかな。おじさんはちょっと面食らった顔をしたけど、その場は何とか誤魔化してやり過ごせた。その時はポケットにナイフと、さっき殺した婦女子の頬肉があったからさ。疑わしそうな顔されたから、明日はその消防団のおじさんを殺そうと思った。
でも最悪なのは、家に帰ってからだった。
玄関先に、警察が待ってたんだ。三人、四人……いやもう、大勢。パトカーもたくさん止まってた。立ちすくんでいると、灰色のスーツを着た一番背の高い男がつかつかと歩み寄ってきて、ボクを覗き込んだ。
「ちょっといいですか?」
「何?」
「最近、この街で殺人事件が多発しているのは知っていますよね?」
「はぁ……」
それで、逮捕なんだって。目撃情報とか、血痕とか、色々あるみたい。イヤだ。こんなところで捕まってちゃ、もう殺せなくなっちゃうじゃないか。それでとっさにポケットからナイフを取り出して、男の手を刺した。
悲鳴が上がった。ボクは笑った。
「捕まえろ!」
大騒ぎになったけど、ボクの方が小柄だったし、上手く狭い路地裏に逃げ込むことができた。不意を突かれたのか、向こうも一瞬判断が遅れたみたいだ。
「止まれ、止まらんと撃つぞ!」
背中から怒号が追ってきた。だけどボクは止まらなかった。日本じゃそんな簡単に発泡できやしないって、今じゃ小学生でも知ってるからね。それで、気がつくとボクは商店街の路地裏に座り込んでた。息が上がって、頭がクラクラした。汗びっしょりで、心臓がびっくりするくらい早鐘を打った。
見上げた空は曇っていた。路地裏は暗く、人気はない。深呼吸した。一度……二度。
別に、捕まっても平気だ。少年法が守ってくれる。ボクの実名は、Xで消してくれるだろう。だけど今じゃない。ボクにはまだまだ、殺したい人がたくさんいるんだ。またやり直せばいい。そう思った。ボクの人生はまだまだ長いんだ、諦めるのはまだ早い、こんなところで立ち止まっている訳にはいかない……。
「おい聞いたか」
どこからともなく、野太い声が聞こえた。表で八百屋の親父が、客と喋っているらしい。ニュースを見て、興奮気味にまくし立てている。
「あの連続殺人犯、とうとう捕まりそうなんだと」
「へえ!」
客が驚いたような声を上げた。ボクのことを話していると分かった。
「それで、犯人はどんな奴なんだい? この街の人?」
「それがよぅ……」
八百屋の親父が一段と声をひそめた。
「老婆なんだと」
「老婆?」
「嗚呼。何でも痴呆症が進んでて、幼児退行してるらしいんだ。自分のことを中学生か何かと思い込んでて、それで……」
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