七 所為転換手術

「先生……どうでしたか!? 娘は……」

「安心してください。手術は無事終わりましたよ」


 扉を開くと、不安そうに待機していた娘さんのご両親が慌てて駆け寄ってきた。私は術後の疲労感を隠し、彼らに向けて精一杯の笑顔を作った。


「娘さんはちゃんと天国に逝かれましたよ」

「先生……それじゃあ……!」

「ええ。娘さんが現世で犯した全ての罪は、大悪魔・サタンの所為にしました。彼女はもう潔白です」


 私の言葉に、二人はありがとうございます、と声を搾り出して、その場に泣き崩れてしまった。その姿に、私は何ともいえない達成感に包まれた。


「そ、それじゃ……娘が、娘が子供のころ露店で盗んだ果物も……」

「ええ。サタンの所為です。サタンに唆されてやったことです。娘さんの所為じゃありませんよ」

「娘は以前から、私達に隠れて違法ドラッグに手を出していました……」

「それも、サタンに所為転換しました。彼女の身体に、薬物は一切残っておりません」

「神よ……! 先生、なんとお礼を言えばいいのか…」


 泣きじゃくるご両親の頭に、私はそっと右手を掲げた。左手を使い、胸の前で十字を切る。それからしばらく、私たちはそこで神に祈りを捧げた。






「ふう……」


 術後、私は棟内に用意された専用の個室に戻り、洗面台で顔を洗った。最近は手術が続いた所為か、鏡に写った私の顔は酷く疲れてみえた。


「随分稼いでるみたいじゃねえか。阿漕な商売をしてるねえ」


 ふと、目の前の私の顔がぐにゃりと歪み、邪な目でギロリと私を睨み、語りかけてきた。私は目を瞑った。


 サタンだ。


 大悪魔・サタンが、聖職者である私を貶めようと、地獄の底からやってきたのだ。所為転換手術のあとは、私はいつもこの手の悪夢に悩まされるのだった。サタンがねちっこく私に喋りかけた。


「なるほど上手いこと考えたもんだ。悪いことは全部俺の所為にして、自分達は何にも悪くありません、ってか」

「帰れ。悪魔め、私を惑わそうとしても無駄だ」

「現世の行いを全部切り捨てて、それで天国に逝こうだなんて、ちょいと都合が良すぎるんじゃねえか、先生」

「帰るんだ」


 サタンが甲高い笑い声を上げた。


「おいおい、そんな言い方はないだろう。なんせこの界隈じゃ、病気も犯罪も差別も格差も戦争も悪いことは全部悪魔の仕業なんだぜ。全く一体誰の所為で、こんなことになっちまったんだろうな?」

「黙れ! 全部お前の所為だ!」


 そういって私は目を開けた。目の前の鏡に写っていた私の顔は……まるで悪魔のように歪な笑みを浮かべていた。

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