二 👣👣👣👣👣👣👣👣👣👣
会社員のJさんは、朝目を覚ますと、部屋の天井に足あとがついているのに気がついた。
Jさんが初めてそれに気がついたのは、その部屋に引っ越してから、約1週間が経った頃である。最初は、染みかカビのようなものだと思っていたそうだ。しかしよく目を凝らすと、どう見ても足あとだった。
男のものだか女のものだかは分からないが、大体25cmくらいの、小さな足あとが毎朝無数に天井を覆っているのだと言う。
断っておくが、Jさんに霊感はない。本人曰く、ごくごく普通のサラリーマンである。幽霊の存在も、信じちゃいなかった。
だから最初にこの足あとに気がついた時は、Jさんは心底驚いた。アパートの大家からも、引っ越した部屋が事故物件だという話は聞いてはいなかった。あるいはあえて黙っていたのかもしれない。
文句を言って出て行ってやろうとも思ったが、転勤したばかりで、市内の物件を今更探し直すのは、
それに、別に足あとがついているだけで、それ以外は何か悪いことが起きている訳でもない。窓が割れたとか鏡が割れたとか、夜中トイレに髪の長い幽霊が出た、なんてこともない。
“足あと“以外、その部屋での生活は、今のところ平穏無事そのものだった。
不衛生ではあるが、害がないのなら放っておいてもいいかもしれない……Jさんはそう考え直した。実際もう1週間も経てば、天井の足あとは壁の模様と何ら変わることもなく、全く気にならなくなった。
それにしても、一体誰の足あとだろうか。
天井に備え付けられた白い蛍光灯の周りを、ペタペタと歩き回っている小さな足あとを見上げて、Jさんは首を捻った。
足あとは毎日、朝になるとついていて、夜中に会社から帰ってくると消えていた。足音はしなかった。隣人トラブルになったり、天井を張り替えるとなると大ごとなので、そういう意味では大変助かる幽霊だった。
足あとは、壁や地面にはつかず、天井の四角い枠の中をずっと歩き回っているようだった。あるいは走り回っているような、はしゃいでいるような。それも毎日、毎日だ。
ふと思い立って、ある日の晩、Jさんは窓を開けっ放しのまま寝ることにした。
次の日、目を覚ますと天井に例の足あとが残っていた。ただいつもと違い、足あとは一直線に開けっ放しだった窓の方へと向かっていた。
きっと窓から出て行ったのだろう。Jさんはそう思った。その日以来、天井に足あとはつかなくなった。
後日、Jさんは大家に会いに行き、事情を問い
Jさんの思った通り、あの部屋は事故物件だった。数年前若い女性が自殺して、それ以来、住む人住む人不可解な怪奇現象に悩まされているのだという。Jさんはようやく納得した。
「それであの足あとが……」
「足あと?」
大家は首を捻った。
「変ですねえ……自殺した女の人は、生まれつき足がなかったんですけれど」
それを聞いたJさんは青ざめた。あの足あとは……あの幽霊は、天井を歩き回っていたんじゃない。逃げ回っていたんだ。自殺した女の悪霊から。
それからすぐにJさんは部屋を引き払った。アパートはまだ、市内に建っていると言う。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます