【短編】自殺病

大和あき

自殺病

 今日はなんだか静かだな…。


 そう思いながら、私は一人、学校の廊下を歩く。


 数年前から始まったその現象は、多くの国民を混乱させ、そして事態を悪化させた。


 始まりは天皇一家が全員お亡くなりになってしまったところからだった。


 昨日まで元気だった人たちが死んでしまう病気。


 ソレが私たちを侵食していた。


 病気とはいっても、本当の病気ではない。


 かといって事故でも他殺でもない。


《自殺をしてしまう病気》が、流行していた。


 人々はその病気を、自殺病と呼び、恐れた。


 亡くなるその瞬間まで心身ともに健康だった人が突然自殺してしまうのだから、どれだけの名医でも手がつけられないでいた。


 何も進展がないまま年数がたっていき、ついには情報源であるメディアも運営する側の人間が全員亡くなってしまったため途絶えてしまった。


 だから、今日、何人亡くなったのかも、何人生きてるのかもわからないままだ。


 それでも人々は必死に生きようと、役に立とうと自分に新しく知識を入れてインフラなどを整備したり、情報を仕入れて人に伝えようと働いていた。


 けれどそういう人たちもいつ自殺するか分からない中おびえながら生き、耐えられなくなって発病しなくても自ら死を選ぶ人もいた。


 自殺病の人は必ず自殺するときに集団で亡くなる。


 だから自殺病で亡くなったのか、その人の意思で自殺したのかすぐに分かった。


 ほら、今日だって…


 私は廊下の窓の向こう側を眺める。


 いつもは猿みたいにはしゃいでバカやってたサッカー部の集団が、中庭で自殺していた。


 自殺病の特徴は、集団自殺のほかにも、病気にかかった人全員が、死んでいるにもかかわらず笑顔でしゃべり、どんな死に方でも血は一切出ないという奇妙な現象があった。


 しゃべっているとはいっても、声は発していなく、口パクだ。


 サッカー部の彼らにも、同じことが起こっていた。


 私は好奇心を抱いたのもあって、少し見て一礼して通り過ぎよう、と思い、外に出て彼らのもとに行くことにした。


 少しずつ、忍び足で草むらを一歩ずつ踏んでいくほど心臓がうるさくなっていくのがわかる。


 ネットで病死の場面を見たのは数か月前。


 実際にこの目で見るのは初めてだった。


 もう死んでいる彼らの目の前で私はその光景に立ちすくんでしまった。



 落ちている首。胴体であろう体の近くには、歪んで使い物にならなくなっている包丁が、ここで何があったのかを物語っていた。


 首を吊っている人も、目がくり抜かれている人もいる。


 それなのに、いつもの仲の良さがうかがえる笑顔で口を動かしていることに、不気味で仕方がなかった。



 すぐに立ち去ろうとしていたつもりだったのに、私は死んでいる五人の中にいる友達が口パクで言った「マック行こーよ」を聞き取った瞬間、泣き崩れてしまった。


 なんで…希望に満ち溢れて、いつも元気を与えてくれる人たちだったのに…どうしてこんな目に合わなければならなかったのだろう。


 この教師すらもういない世界に、マックなんてものは既に存在していない。


 きっと彼らは、できなくなってしまった数年前のありふれた言葉と行動を死後の世界に持っていって幸せだった生活に戻ろうとしているんだ。


 そう思うと涙が止まらなかった。


 涙を枯らしてから、私は一礼してとぼとぼと歩いて学校の廊下に座り込んだ。


 しばらくうなだれていたが、近づいてくる無数の足に力なく顔を上げる。


 そいつらは、幽霊だった。


 私たち生存者が家からあまり外に出なくなったのは、これも理由の一つだった。


 とっくにこの世界はおかしくなっていた。


 いくら晴天でも、廊下は薄暗いから、幽霊が集まるのも無理はないのかもしれない。


 この霊たちが悪霊と普通の霊のどっちなのか、私にはわかっていた。





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