第34話 護送任務

「弟には色々と借りがあってな、儂が個人的に保有していたミスリル鉱石を分けてやる事にしたんじゃ」

「そうだったんですか。でも、採掘場に現れた魔物を倒さないと根本的な解決にはならないんじゃ……」

「うむ、儂もそう思うのだが採掘場の問題はニイノの冒険者ギルドが何とかせねばならん。儂等は手を出す事は出来んからな。それでお主に頼みたい事はニイノまでミスリル鉱石を運んでくれんか?」

「それは……護送ですか?」

「うむ……ミスリル鉱石は希少品じゃからな、途中で盗賊等に襲われても奪われない様に運び出す場合、収納魔術師のお主が一番頼りになるからな」



ギルドマスターはイチの収納魔法でミスリル鉱石を異空間に預け、それをニイノにいる弟まで運び出して欲しい事を伝える。異空間に預けて置けばイチが無事な限りは他の人間にはどうしようも出来ないため、荷物の運搬などの依頼は収納魔術師以上に最適な人間はいない。


しかし、問題があるとすれば収納魔術師が盗賊に捕まる場合であり、いくら安全な異空間に荷物を預けていようと、それを管理する人間が異空間から荷物を取り出して奪われたら意味はない。そこでギルドマスターはイチに頼み込む。



「お主に頼みたいのはミスリル鉱石の護送任務を任せる冒険者集団と合流し、表向きはその補助役サポーターを頼みたい」

「補助役……ですか?」

「うむ、最近のお主は一人で依頼を受けておるようだが、他の冒険者と組む事はなれておるじゃろう?」

「ええ、そうですね」



イチはこの1年の間に何十人もの冒険者と組んで仕事をしており、補助役の仕事は慣れていた。最も本人は補助役の仕事にいい思い出は無いが、ギルドマスターは今回の護送任務でイチにしか出来ない役目を与える。



「表向きはお主は他の冒険者と共に護送の任務を行い、ミスリル鉱石を運ぶ馬車を守ってくれ。しかし、実際に馬車が運ぶのはただのガラクタを詰めた木箱……中身は偽物じゃ」

「という事は……」

「本物のミスリル鉱石はお主の収納魔法で異空間に預かっておいてくれ。そちらの方が安全だし、盗賊共も手出しは出来んからな」



収納魔法を扱えるイチならばミスリル鉱石を異空間に収納し、彼が取り出さない限りはミスリル鉱石が他の人間に奪われる事は絶対にあり得ない。それを利用してギルドマスターは護送任務の際、表向きは馬車でミスリル鉱石を運ぶと思わせて実際にはイチがミスリル鉱石を依頼人の元まで運ぶ計画を伝えた。


この方法ならば仮に盗賊団に襲われたとしてもイチが無事ならば荷物を奪われる事は有り得ず、仮に馬車に摘まれた偽物の荷物を盗まれたとしても中身はガラクタなので気にする必要はない。



「つまり、表向きは荷物を運ぶ護衛の冒険者を演じて実際の所は僕が依頼人に目的の物を渡せばいいんですね」

「うむ、そういう事じゃ。最悪の場合、盗賊に襲われて馬車が盗まれたとしても荷物を儂の弟の元に送り届ける事が出来れば問題はない。頼めるか?」

「そういう事なら……任せて下さい」

「おお、助かったぞ。やはり、この手の依頼は収納魔術師ほど頼りになる人間はおらんからのう」



ギルドマスターの話を聞いてイチは苦笑いを浮かべるが、計画を聞く限りでは悪くないと思った。イチの正体を知らない盗賊が馬車を襲ったとしても、イチさえ逃げ切れれば依頼人に指定された荷物を渡す事は出来るし、盗賊はまさかミスリル鉱石のようなお宝をイチが一人で運び出しているなど思いもしないだろう。


幸いにもイチの存在は冒険者以外ではあまり知られておらず、盗賊に正体を見破られる可能性は低い。だが、その前にイチも確認する事があり、ギルドマスターに尋ねる。



「分かりました。でも、その前に実物を確認させてもらいますか?」

「うむ、お主が引き受けてくれると思って実はここに既に用意してある。これを見てくれ」

「えっ……うわっ!?」



イチの返事を聞いてギルドマスターはすぐに部屋の中に置かれている金庫を開き、中身を見せた。金庫の中には金銭の類ではなく、銀色の光を放つ鉱石だった。一見すると鉄鉱石にも見えなくもないが、輝きが違う。



「これが魔法金属のミスリルの原材料、ミスリル鉱石じゃ。この鉱石を加工できるのはドワーフだけじゃ」

「凄い……綺麗ですね」

「うむ、加工前からこの美しさじゃ。ミスリルは武器や防具だけではなく、装飾品の素材として利用される事も多い。この鉱石だけでも金貨400枚は下らんな」

「えっ!?そ、そんなにするんですか?」

「だから盗賊から奪われない様に慎重に誰にも気づかれずに運び出す必要がある」



ミスリル鉱石の重量は40キロ分存在し、つまり1キロで日本円に換算すると100万円程度の価値が存在する。しかも加工に成功したミスリルは更に価値が跳ね上がり、並の宝石よりも価値がある代物だとギルドマスターは説明する。


こんな高価な物を異空間に収めた事はイチは無いが、今更断れる雰囲気でもなく、こ護送任務の当日の朝にギルドマスターの元に訪れ、預からせてもらう事にした。



「念のために言っておくが今回の任務の件は誰にも話してはならんぞ……この事を知っておるのは儂とお主だけじゃ」

「は、はい……分かりました」

「今日の所は帰ってニイノまでの旅支度を行うと良い。これは前金じゃ、しっかりと準備はしておいてくれ」

「えっ、こんなに……!?」



イチはギルドマスターから小袋を受け取り、中身は大量の銅貨と銀貨が入っていた。これだけでもイチが一か月働き続けても稼げない程の金額で有り、そんな彼にギルドマスターは気前よく語り掛けた。



「気にせんで使ってくれ。これはお主の合格祝いも含まれておる……くれぐれも明日の朝、寝坊しない様に気を付けるのだぞ」

「はい、任せて下さい……じゃあ、失礼します」

「うむ……気を付けてな」



小袋を受け取ったイチは頭を下げ、ギルドマスターの部屋を後にした。そして残されたギルドマスターは机の上の羊皮紙を確認し、そこには在籍中の冒険者の名前が記されていた。



「さて、誰を派遣させるか……」



ギルドマスターは在籍中の冒険者の階級と実績を確認し、イチの護衛に適した人物を探す。この時に彼は一枚の羊皮紙に目を通し、あるエルフの剣士の名前を確認した――

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