第35話 逆恨み

「――ちくしょう、あのくそガキ!!」

「おい、おちつけカマセ……」

「もうほっとけよ、そんな奴……付き合い切れねえよ」



銅級の昇格試験にてイチの対戦相手を務めた冒険者のカマセは荒れていた。今回の試験の対戦相手をカマセが務めたのは彼が志願したからであり、結果的には彼が恥をかくだけの成果となった。


イチがどんな手段を使ったのか知らないが、今まで戦う力を持たなかった彼が単独で魔物の討伐依頼を果たした事により、カマセは焦りを抱く。彼は冒険者になってから10年以上も経過しているが、未だに銅級冒険者から昇格する気配はない。


理由としてはカマセは実力はともかく、その性格に大きな問題があった。仕事を果たした後に依頼人に交渉して報酬を勝手に吊り上げようとしたり、酷い場合は依頼人に暴力を振るう事もあった。


最もカマセの行動を問題視したギルド側は厳しく彼に次に問題事を引き起こせば解雇する事を伝えると、カマセも最近は大人しく過ごしていた。自分の実力に見合った仕事だけを引き受け、時にはイチを利用して大迷宮に潜り、彼に面倒な解体作業を任せて低階層の魔物を楽に倒した後、素材の売却金の殆どを自分達が貰ってイチには小銭程度の報酬しか渡さない。




――しかし、ホブゴブリンの討伐の一件からイチは大きく変わった。今までは嫌々ながらに生活のためにイチはカマセからの仕事の誘いを断る事はなかった。だが、数日前からどんな方法かは知らないがイチは単独で魔物を討伐できるようになってから彼等の関係は一変した。




今までにイチが他の冒険者と組んでいたのは自分だけでは魔物を倒せる力がないからであり、他の冒険者に協力して仕事を引き受けるしかなかった。基本的に冒険者の仕事の殆どが魔物の討伐や護衛などの依頼であり、最低限の戦闘力を持ち合わせないといけない仕事ばかりである。


一応は清掃や雑用関連の仕事もあるにはあるが、そちらの仕事は報酬はあまり期待はできず、せいぜい生活費を稼ぐ程度の報酬しか稼げない。今までのイチは仕事を一人で引き受ける時は雑用関連の仕事しか受けていなかったが、急に彼は一人で魔物の討伐の依頼を引き受けるようになった。



(あの野郎、いったい何をしやがった……どうして俺があんな荷物役如きに!!)



試合の出来事を思い出したカマセは怒りを抑えきれず、路地裏に置かれている木箱を蹴り飛ばす。何時の間にか他の二人の冒険者の姿も消えており、増々にカマセは怒りを抱く。


カマセがイチの昇格試験の相手に志願したのは憂さ晴らしのためでもあり、彼が一緒に仕事をしない様になったせいで大迷宮で楽に稼ぐ事が出来ず、その仕返しのためにカマセは試験でイチを痛めつけようと考えた。


本来の昇格試験では銅級冒険者になる人間は「対人戦」を経験させるためであり、実は鉄級冒険者では魔物の討伐はともかく、商団の護衛などの護衛依頼は引き受けられない規則が存在する。


鉄級冒険者が護衛の依頼を引き受けられない理由、それは魔物を相手に戦う事と人間を相手にして戦う事は全く別物だからである。護衛任務の場合、盗賊などが襲ってきたときは冒険者は敵の無力化させる必要があり、時には相手を殺さなければならない。


昇格試験で先輩の冒険者と戦わされるのは対人戦の経験を積むためであり、生半可な覚悟の人間は銅級冒険者には昇格させない。勿論、先輩冒険者は間違っても対戦相手の冒険者に必要以上の危害を加えない様に注意しなければならないが、カマセはその件でもギルド職員と揉めた。



『どういう事だ、なんで報酬が支払われないんだ!!』

『……よくそんな口が利けますね、貴方は対戦中に相手に対して脅迫とも取れる言葉を言い残してましたね。事前に忠告していたはずです、私怨で相手を害しようとしたと認識した場合、報酬は支払われないと』

『あ、あれは……興奮して口が滑っただけだ』

『それでは言い訳にもなりませんね。貴方は対戦相手に明確な殺意を抱いて攻撃を仕掛けようとした、それだけでも十分問題があります。今回の件で処罰を与えなかっただけでも感謝して下さい』

『くそがっ!!』



本来であれば昇格試験の協力者には報酬は支払われるのだが、カマセの場合は言動に問題があり、試験を受けているイチに対して個人的に恨みがあり、しかも試合中に「ぶっ殺す」などの言葉を用いた。それを見ていたギルド職員はカマセの行動を問題視して彼に報酬を渡す事を拒否する。


カマセとしては今まで見下していたイチに敗れて恥をかいただけではなく、しかも報酬さえも貰えない結果となり、エストに掴みかかろうとした。だが、そんな彼に対してエストは凄まじい気迫で睨みつけた。



『私に手を出せば……今度こそ冒険者として生きていけませんよ?』

『うっ……!?』



普段のエストを知っている人間からすれば別人が成り代わったのではないかという程の凄まじい気迫を受けたカマセは気圧され、結局は彼は何も出来ずに引き返し、いつもつるんでいる冒険者に絡んでいたのだが、その冒険者達も何時の間にか姿を消して彼は一人で酒瓶を片手に路地裏で暴れ狂う。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る