Chapter01 異世界奴隷の始め方

Chapter01-01 死んだら驚いた


 吉田玄人よしだげんとは今年44歳、バツ2の独身男で、子ナシ、親ナシの冴えないオッサンだ……って、まぁ自分の事だけど、実は自分、今朝気が付いたら死んでたんです。


 昨日、2週間の海外出張からやっと日本の自宅(といっても1DKのマンションだけど)に帰り着き、流石に疲れたな~と思いつつ寝酒にストロング系500mlを2缶キメたのが悪かったのか?


 そういえば、帰りの飛行機の中でずっと胸が苦しかったなぁ、と今更になって思い出す。


(死因は……やっぱ心不全か?)


 まぁ、そうは言っても、真上から見下ろす自分の「死に顔」には、別段苦しんだような形跡はない。口を半開きにした間抜けなオッサンの寝顔だ。ただ、流石に土気色じみた顔色のせいか、普段の2倍は小汚く見える。


(こういう時は救急車? 警察だっけ? いや、葬儀屋さん?)


 と、考えを巡らせるが……冷静に考えるに、多分それは俺の仕事じゃない。


 今日は朝一で会社の会議がある。それを連絡ナシで欠席することは、普段の俺なら考えられない。だから、専務辺りの命令で、可哀想な部下の誰かが、管理会社の人とおっかなびっくり・・・・・・・・部屋を尋ねてくるのだろう。


 そこで感動のご対面だ。


 「吉田さん! なんでぇ!」とか言って泣くかな? いや、無いな……多分、軽く舌打ちするくらいだろう。その光景を見てみたい気もするし、見たくない気もする。


 とにかく6年前、2度目の離婚を機に「ついの棲家」として買ったマンションの1室は、予定よりも20年ほど早く「事故物件」になった。でもまぁ、俺(の死体)も直ぐに腐るような季節ではないし、そもそも俺はここに居座るつもりはない。


 なので「事故物件」といっても、直ぐに買い手は付くだろう。そう考えると、他所よそとついだたった一人・・・・・の肉親である妹に、少ないながらも財産を残せた気になる。


 それでしばらくの間、自分勝手な独り善がりの満足感に浸った。


 しかし、このままずっとこうしている訳にもいかず、俺は何となく避けていた疑問について考えざるを得なくなる。それは、


(……って、この後どうなるんだ?)


 というもの。


 「居座るつもりはない」とドヤッたとしても、現実問題(?)として、何処に行って何をすればいいのか分からない。主体的に、自ら進んで成仏しに行く方法など、寡聞かぶんにして聞いた事が無い。近くのお寺まで自力で行った方がいいのかな?


(こまった……このままだと、地縛霊だ)


 少し焦りを感じはじめたその時、フッと気になって上を見る。すると、天井にポッカリと黒い穴が開いていることに気が付いた。


(え? ……冗談でしょ?)


 と思った次の瞬間、天井の穴は「ゴゥッ」と吸引音を発する。そして、俺はその天井の穴に物凄い勢いで吸い込まれていた。


――スポンッ


 と軽い音が鳴り、それで周囲は真っ暗になった。


*********************


 次に気が付いた時、俺は真っ暗な空間にいた。


 どうやら立っている訳ではないらしい。というのも、手足の感覚が全く無いからだ。手足が麻痺している、というよりも、手足そのものが無い・・・・・・・感じ。ただ、だからといって宙に浮いているのかと言われると、それも答えは覚束ない。


 周囲が真っ暗過ぎて、視界の揺れを感知できない。そもそも、俺は「何故見えている」のだろうか?


 死んだらたましい的な「何か」になって、それで閻魔大王えんまだいおう的な存在の元に行くと、日本人的感覚で漠然と考えていたが、どうやらそうでもない・・・・・・らしい。


 ただ、何もない空間(?)に放り出されている。それが今の感覚だ。


(ここは天国? それとも地獄? もしかして……行先を間違えた?)


 流石に不安を感じる。その時だった。


「ちがうぞぉ~、天国でも、地獄でも、間違いでも、な~い」


 不意に、妙に間延びした声が響いて来た。


(え?)


 と思うが、視界(?)にはその声の他にも別の大きな変化が現れていた。


 真っ暗だった周囲にブラックライトのような青黒い照明が足元から当たったのだ。その照明に照らされて、急に目の前に浮き上がった白っぽい巨大な塊・・・・・・・・を見て、俺は絶句した。


 だって、それは――


(クラゲ?)


 水族館の専門コーナーに居るようなクラゲそのもの・・・・の格好をした物体が、暗闇の中で照明を受け、目の前にフヨフヨと浮かんでいる。種類は分からない。ただし、見た感じ、とても巨大だ。


「クラゲではな~い。荳ュ菴肴ャ蜈ガピガピピー諡逾槭〒縺ゑ槭ガピピーガピ――」


 え? なんだって? なんだか、ガピガピと煩い雑音が混ざって良く分からない。


「う~ん、お前の理解できる言葉でいうなら、余は複次元統轄神であ~る」


 巨大クラゲは俺の疑問を読み取ったように言い直した。結果、確かに言葉としての意味は分かるようになった。ただ、理解出来たとは言い難い。


 「複次元統轄神」って、何かね? 新種のクラゲかね?


「クラゲではな~い、神な~のだ~」


 などと供述しており……って、本当に神様なのか? GOD的な神? だったら尚更、なぜクラゲ?


「姿の話はどうでもよ~い」


 いや、割とどうでもよくない・・・・話だと思う。俺達人間の神様がクラゲだったなんて、宗教界に大激震が走るよ? 皆きっと、もっとこう、ブッダ的な感じやキリスト的な感じを想像していると思うのだけど――


「それは最下級の管理神であ~る。あの者どもはヒトガタに似せた形をとれ~る。だが、より上位の存在である余の繝励Ο繝代ユ繧ガピーガピガピピーにはヒトガタの蠖「諷ガピピーはな~い。なので、お前が知っている形象の中で余に一番近いものを選んだの~だ」


 なんだか、ガピガピ音が度々混じる(あと語尾がウザイ)が、どうやら、目の前の「自称『複次元統轄神』なるクラゲ」は俺達人間が思っているような神よりも上の立場で、人の形のバージョンを持っていない模様。なので俺が認識できる中で似た格好をした「クラゲ」を選んだ。そういう解釈で良いのかな?


「正解じゃ~」


 良かった良かった、それじゃぁまた今度。ごきげんよう、さような――


「まて~い」


 呼び止められました。


*********************


 クラゲ神の話は長い上に「ガピガピ音」が混じるので聞き取りにくかった。ただ、話が下手な新人社員を一人前の営業マンにまで育てた経験を活かし、俺はじっくりとクラゲ神の話を聞いてやることにした(というか、それ以外に選択肢は無かった)。


 その結果として、俺は自分が今この場 ――次元海の神域―― に居る理由を知ることになった。


 ただ、その理由はとても納得いかないものだった。どいう言う事かと言うと、


「……つまり、下級神の間で最近流行はやっている『異世界転移』や『異世界転生』をやってみたかった、と?」


 いつの間にか喋れるようになっている俺(凄い!)。対してクラゲ(「神」は省略する)は、


「そうじゃ~、楽しそうじゃったぁ~」


 とのこと。悪びれもせず、フヨフヨと揺れている。


「もしかして、俺ってあんたの楽しみのために死んだの?」


 一方、俺は、我ながら若干キレ気味だ。別に「生きて居たい」という強い理由も欲求もなかったが、それとこれとは話が別だろう。


 ちなみに、普段の俺は、こんなに「怒っている感じ」を前面に出したりしない。部下からは「怒っているのか普通なのか、境目が分からなくてコワイです」と言われた事は有ったけど、それくらい、怒らない人間なんだよ、俺は。


「それはな~い。お前があの日に死ぬのは運命だ~。ここに来たのはた~ま、た~ま。タイミングが合っただけなの~だ」


 「た~ま、た~ま」って……つまり、死ぬという事は変わりなく、その後、ここに居る事が不幸な偶然の産物、ということか。


「不幸とは言えないの~だ。楽しい冒険がまっているの~だ」


 そうは言うけど、さっきまでの説明で何となく察しが付いている。クラゲが言う「楽しい冒険」というのは「俺視点」じゃなくて、「神視点」の「楽しい」だ。


 主に下級神(俺達人間からすれば、それでも「神様」になるけど)がやる「異世界転生・転移遊び」は、自分達が作った世界に他所から引張っ・・・・・・・て来た異物・・・・・を入れて、世界の反応を観察する遊びだそうだ。


 有り体に言って、悪趣味だ。


 大体の場合は行き詰まって「壊れる寸前」や「壊れても構わない」状態の世界でやるらしい。ただ稀に、「壊れそうな世界を修復する」といった目的を持たせて送り込むこともあるという。そういう場合は目的に見合った「力」を与えて送り出すらしいけど、


「最近は~、そんな[力]を与えるやり方はダサ~い、らし~い」


 遊び方には流行りすたりがあるとの事。それで、自分を「複次元統轄神偉い神」だと名乗るクラゲはというと、


「余は統轄神であ~る。だか~ら、最近の流行り~の、は~ども~ど――」


 オイ馬鹿、止めろ。そっちは偉い神様かもしれないが、俺は普通の人間だぞ。イージーか、せめてノーマルモードで頼む。


「大丈夫なの~だ。余に舐めた口を利く者は下級神でもまずいな~いの~だ」


 え? もしかして、俺の口調が気に障りましたか?


「神様、仏様、クラゲ様、それは勘違い、いや謝ります。ごめんなさい、なんでもします。だから後生ですから、どうかハードモードだけは――」


 慌てて謝るが、俺には下げる頭も土下座する手足も無い。


「今のは冗談な~のだ。それほど危ない時代には送らな~い。だから心配いらな~い」


 それ、本当か? 信じて大丈夫か? 全力で不安なんだけど――


諡逾槭〒ガガピー振りにニンゲンと喋れて楽しかったの~だ。達者で~な、いってらっしゃ~い」


 アタフタする俺を無視して、クラゲは何本もある触手の1本を「バイバイ」するように振る。


「あ、ちょっとまっ――」


 そして、俺は再び意識を失った。



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