Chapter01-02 ノーヒント、ノーライフ!


 次に気が付いた時、俺は大空の真っただ中にいた。ゴウゴウ、ビュウビュウと風が唸っているのを感じる。感覚的に高度10,000m以上ありそうだ。ただし、全く寒さを感じない。息苦しくもない。当然か、死んでるんだし……。


(いやいやいやいや、その納得の仕方はオカシイって)


 と、セルフボケツッコミをやってみる。くすりとも笑えない。どうやら、俺の思考はとっくに正常ではなくなっているらしい。


 大体、体感時間で3~4時間前には、死んだ自分を見ながら「どこに電話しようか?」と考えていたくらいだ。もう、最初っから普通じゃなかった。まぁ、誰しも自分の死体とご対面したら、妙なテンションになるだろう。そのテンションがずっと続いている感じだ。


 もしかしたら「死」を迎える際に全く痛みや恐怖を感じなかった事が原因なのかもしれない。本来ならば乗り越えるべき生と死の境界を、アッサリと踏み越えたが故に、どうも「死を受け入れる」という厳正さが足りていない。ふと、そんな事を考える。


 もしかしたら全部「夢」なのかも? とも思う。ただ、こんな状況を「夢」の中で創り上げられるほど、自分の脳味噌は想像力が豊かではない。持ち主(?)だからこそ分かる「限界ライン」を突破した状況が続いている。だから、やっぱり現実なのだろう。


(……なんだ……これ?)


 思考が一段落(停止したとも言う)したところで、妙な感覚に気が付く。


 実は、少し前からずっと妙に身体(?)がゾワゾワしてむず痒い。果たして今の俺に痒さを感じるような「主体」があるのか不明だが、とにかくゾワゾワ、ザワザワする。なんだか、周辺の大気から見えない「何か」が俺の中に入り込んでいる感じ。


 入り込んだ「何か」は俺の内面をくすぐる・・・・ように渦巻いて、そして、今度は中で勝手に循環し始める。この感覚はまるで気功の呼吸法か? 2度目の嫁さんが嵌まりに嵌まった・・・・・・・・(最後は本当にハメたおした・・・・・)気功ヨガスクールの講師(イケメン)が分かったような口ぶりで説明していた「気」を、身体の内部に感じとったような……変な感じだ。


 ただ、この感じは直ぐに治まった。


(なんだったんだろう?)


 分かる訳ないさ、答えなんてないさ。


 ということで、次なる疑問が湧いてくる。それはつまり、「ここは本当に異世界なのか?」ということと「だったら、この後どうするの?」ということ。


 その内、「本当に異世界なのか?」という疑問は、現在確かめようがない。


 その一方、「この後どうするの?」については……全くのノーヒントだ。


 第一、「転生」なのか「転移」なのかもはっきりしていないし、そもそも「How to?」の部分が全く分からない。もしかしたら、あの外観クラゲにツッコミを入れず、神妙にしていたら、その辺の詳細な情報を聞けたかもしれない。そう思うと、ちょっとだけ後悔する。


(はぁ……)


 考えても仕方がないので、再度周囲を確認してみる。


 現在、高度10,000m上空。天候は快晴。


 足元には広大な広がりを見せる黒々とした森。その森の奥には、標高が5,000m以上ありそうな広大な山脈が連なっている。どの峰も山肌が真っ白になっているから、季節は冬か? それとも、春先か? そう思い、眼下をもう一度見る。


 黒々とした森は、もはや「樹海」と表現するべきだろう。その樹海が、広大な山脈の裾野を取り囲むように広がっている。その内、ある一画を目で追っていく。すると視界はより緑の色調が強い原野げんやに行きつく。


 原野は所々が黒茶色のむき出しの大地に見える。多分、耕作地なのだろう。そう考えると、田植えなのか種まきなのか、とにかく耕作前の季節だと分かる。


 森から原野に出て直ぐに、今度は視界が鏡のように日の光を反射する広大な湖を捉える。琵琶湖よりも大きそうな湖の湖面にはさざ波が立っており、それに日の光が反射して揺れ――


(日の光……太陽?)


 思い付いて、今度は上空を見上げる。太陽は……1つだけ、燦然と頭上に輝いていた。やっぱり、これじゃ、この場所が元の世界なのか異世界なのか分からない。


 ということで、何か「変わったもの」は無いかと眼下の地上に再度視線を移す。


 街のようなモノを何個か見つけた。道路のような筋も見える。ただし、アスファルト舗装の整備された真っ直ぐな道ではない。


 いずれにしても、遠過ぎてよく見えない。


 ただ、そうやって視線を地表に彷徨さまよわせる内に、俺は妙に気になるものを見つけた。


 それは、芥子粒ほどの大きさに見える……集落だろうか? 黒々とした樹海のほとりに位置している。特に注意を惹くようなモノは無いにも関わらず、俺はそこから目が離せなくなり、次の瞬間――


(うわぁっ!)


 声にならない絶叫が出るほどの勢いで、その1点へ目掛けて急降下を始めていた。


*********************


 高度10,000mから、一気に地上20mまで降りた、というか落ちた。気圧で耳がキーンとは……ならない。耳なんてなかった(笑。


 と、それはさておき、地表 ――気になった集落―― の様子は……一言で言うと酷かった。


 まず、どう考えても現代文明の農村ではない。何処かヨーロッパ風に見えるけども、正直な話、あちらの文明には詳しくないので俺には分からない。ただ、電線も無ければ、農耕用のトラクターもない。当然誰もスマホなんて持っていない。それだけで十分だ。


(異世界確定……)


 もっとも、それだけなら非常に遅れた地域の農村という可能性もある。場合によっては昔の生活をかたくなに守る考え方の人々の集団かもしれない。ただ、どう考えても、現代社会の常識的にあり得ない状況がその村落で展開されていた。


 それは、大勢の男達が農具や棒きれ、剣や槍を手に戦い合っている現実だ。


 冗談ではない。おふざけでも、お祭りでも、ましてや映画の撮影でもなさそう。


 本気で殴り合っている。その証拠に、殴られた方は「大丈夫か?」と言いたくなる勢いで地面に倒れ伏す。あちらこちらで本物の流血が起きている。


 戦いは農夫のような格好をして農具を武器にして戦う男達と、粗末ながら鎧や槍や剣で武装した男達の間で行われている。数は農夫の方が多いが、優勢なのは武装した方だ。


 と、ここで戦いの中心から奥まった所にある大きな館の入口で、誰かが声を上げる。英語ではない言語だ。意味は分からない。ただ、その声を上げた人物は、他とは違い、幾分マシに見える鎧を装備して、片手に槍を持ち、その穂先に……人の生首を突き立てていた。その状態で、首が刺さった槍を高らかに振り上げる。


 戦いが一気に大人しくなった。


 どういう状況か分からないが、農具を手に戦っていた農夫達が武器を捨てて1カ所に集まる。見た目はファンタジーや時代物の映画に出てくる端役の農夫の格好だ。そんな男達が1カ所に集められ始める。


 一方、俺はその光景を足元に見ながら、チラと、怖いもの見たさで槍に刺さった生首を見る。


 寄って見ると、首は年老いた男のものだとわかった。凄まじい形相をしている。一方、その生首の持ち主の身体は、その近くに横たわっていた。こちらは農夫たちと異なり、「鎧」と分かる装備を身に着けている。


 周囲にはその老人の亡骸以外にも、5人分の武装した死体が転がっている。多分、この老人が斃したのだろう。そう考えると、この老人は凄まじい強さだったのだろう。


 と、ここで妙なモノが目に入る。


(え?)


 それは、散らばった死体の上にユラユラと揺れる淡いもやのようなもの。


(魂? マジか……)


 自分が似たような状況だからか、それの正体を直感で理解してしまった。出ないはずの生唾を呑み込むような気分だ。心の中で両手を合わせて「南無阿弥陀仏」と唱える。これ、意味あるのかな?


*********************


 眼下では老人を討ち取った武装集団と、後から村に入って来た人々の間で何やら口論が始まっている。一体どうしたのか? と思うが、俺はこの新しい争いの顛末を見守ることが出来なかった。


 というのも、次の瞬間、俺は再び引っ張られるような感覚を覚え、今度は館の裏手に広がる森へと飛び込むように空を飛んでいたからだ。


 もうマヂむり、勘弁して……


 ただ、ほんの序の口だった。



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