第4話 黒い竜
いつもの日常。
何もしない。
何も出来ない。
この森に封印されてどれだけの時が経っただろうか。
もう覚えてなどいない。
主の命令を果たせなかった。
その後悔だけを永遠と繰り返す。
油断も慢心もなかった。
殺せたはずだ。
しかし、殺せなかった。
何故。
どうして。
分からない。わからない。
そしてまた思考の海に沈みながら眠りにつく。
今日もまた同じ日常だった。同じ思考を繰り返しながら眠りにつく。
しかし、この日は違った。眠りにつこうとしたその時、上空から魔力を帯びた何かが封印の結界の中に入ってくる。通常であれば無視したであろう些細な異常。
だが、落下してくる何かが帯びている魔力は紛れもなく主のものであった。
(・・・主ではない。主の魔力がこれほど小さいわけがない)
そう考えながらも確認しないわけにはいかない。あまり動かない手足を何とか動かしながら寝床の洞窟から這いずり出ていく。日の光を浴びその全身が露わになる。
漆黒の鱗、強大な角、長くしなやかな尻尾、大樹のような手足、その姿はまさしく竜であった。しかし、その体には多くの傷があり、左足はない。羽があったであろう場所に千切られたであろう跡がある。
「羽さえあれば、すぐ着いたのだがな・・・」
悪態をつきながらも黒い竜は魔力の反応がある場所まで這いずっていく。
目的地に着くとそこは小さな湖であった。どうやら湖に落下したらしい。中央にそれらしきものが浮いている。首を伸ばしそれを咥え、陸にあげて観察する。
(これは...人間か。死んでいるな)
胸元に穴が開いている。そこにあるべき心臓はない。間違いなく死んでいる。しかし、不思議なことにその胸元からは血が流れておらず、少しずつではあるが穴が塞がろうとしている。そしてその傷口からは主の魔力を感じる。
(どういうことだ?何故ただの人間から主の魔力感じる?)
思考するが答えは出ない。
(仕方がない。あまり魔力を使いたくはないが記憶を辿ろう)
そう考えると魔力を集中させ、傷口に顔を近づけ目を閉じる。
そうしてこの死体の記憶を辿る。
この世界とは違う世界。
平和な日常。
突然の召喚。
神と名乗る存在。
殺し合い。
戦争。
能力。
溢れ出る鮮血。
冷酷な眼。
痛み。
そこで記憶は終わっている。だが何があったのかを理解するには十分であった。
「そうか...主はそこまでは狂ってしまったのか...」
こうなってしまった責任は自分にある以上悲しみに暮れることは許されない。
責任を果たさなければならない。
「すまない、少年よ」
一言、謝罪の言葉を口にする。
そして残っている右足と尻尾で体を持ちあげ、鋭い爪を持つ右腕を胸元に突き刺す。
「グッ....グオオオオオオオオオオオオッッ!!!!!!!」
雄叫びを上げながら突き刺した右腕を引き抜くと、ブチブチと音を立て血管を千切り血が滝のように溢れ出す。そして、血に濡れた右手には未だ脈動を止めない心臓がある。
「これが、、上手くいくかは、、、、、、、、分からない、、、、、だが、、、、、この可能性に賭けるしか、、、、、、、、ないのだ、、、、、、、、、、、」
血反吐を吐き、息も絶え絶えながら少年の亡骸に話しかけ、右手の心臓を少年の前に掲げる。すると心臓が淡い光を帯び、その形が徐々に粒子となって崩れていき少年の傷を埋めるように集まっていく。その様子を見届けた竜は音を立てて倒れ、黒き鱗は色を失い灰のように崩れていく。
(神よ、、、どうか奇跡を、、、、、)
全ての元凶である自らの主に祈りながら黒き竜は眠りにつく。
夢を見た。黒い竜の夢。白い竜と一緒に少女を見守っている。ただそれだけが幸せだった。しかし、少女は狂っていく。平和な日常は崩れ去った。自分が止めなければいけなかった。だが、止められなかった。そして傷つき、封じられ終わることのない後悔を繰り返ことになる。
目が醒める。夢を見ていたのか涙が流れ落ちる。あまり覚えていないが悲しい夢だった気がする。
そして自分に起きたことを思い出し、飛び起きて胸元に手を当て確認する。
傷が塞がっている。それだけでなく、取られたはずの心臓の鼓動すら感じる。
「心臓......取られたよな?」
混乱しているのか誰がいるわけでもないのについ確認してしまう。
しかし、答えが返ってくる。
「ああ、確かに貴様の心臓は取られていた」
予想外のことに戸惑い周囲を見渡すと目の前の灰の山?から声が聞こえたことに気づく。
「えっ..誰?」
警戒しながら話しかけてみる。すると、灰の山が動き出し何かが内側から飛び出してきた。
「ふぅ。やっと出れた」
出てきたのは30㎝程の大きなトカゲ?だった。
「トカゲ?」
思ったことがそのまま口をついて出てしまう。冷静に考えてみればそんなサイズのトカゲがしゃべりながら目の前に現れたら、もっと驚くべきなきがするが頭が追い付かない。
「トカゲとはなんだ?
我は竜。誇り高き〈黒き竜〉。主にはクロと呼ばれていた」
黒い竜?は偉そうにそう告げるとかわいらしく身震いをして灰を落とした。
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