短編作品5 幼馴染みと俺

 気持ちの良い朝。髪をとかす事もせずボサボサ頭で幸の薄い顔つきの少年、高橋黒子たかはしくろこはいつも通り早朝ベッドから起き上がり、デスクトップパソコンを起動してオンラインゲームのFPSをプレイした。

 白熱しているバトルの中、最後の敵プレイヤーを倒せばこのステージは一位で終えるとマウスを握っている手がジワジワと汗ばんできた。

 敵プレイヤーを探しているときに運良く自分の射線に現れる。

 ここだと思い、マウスの左クリックを押し込もうとしたとき、

「おい黒子! ゲームやっていないで学校に行くよっ!」


 思わずビックリし、マウスの左ボタンを押し遅れて無念にも敵プレイヤーに射撃されて負けてしまう。

 肩を落とし幼馴染みのルル方へと眉毛を吊り上げながらムスッとした態度で振り返る。


「どうしてお前はいつもいつもい~~~~~つも邪魔をするんだよ!」

「食事ができたから早く食えっ!」


 黒子の態度にイラッとしたルルも負けずに眉を吊り上げて怒りの表情を返す。

 仁王立ちし怒りの表情を見せる彼女は黒子と生まれたときからの幼馴染み。

 桜色の綺麗なロングヘヤーに顔立ちも少しキツい目をしているが綺麗に整い、まるで美しい冷徹な美少女を醸し出している。おまけに高身長で出るところは出てるグラマーな体型。

 学校内では、一躍有名で男女ともに好かれている。

 そんな美少女の早見はやみルルとは打って変わり、黒子は髪が整っておらずボサボサで服もヨレヨレの栄養失調のような人相でルルには到底釣り合わない。

 ブツブツ言いながら黒子はパソコンの電源を落として、ルルの言われるがままリビングに向かう。

 リビングに向かうと既に食卓に朝食が用意されていた。


「いつの間に朝ご飯作っていたんだよ」

「あんたが寝てるときにはもうこの家にいたのよ」

「不法侵入、警察に通報してやる」

「はぁっ!!」と余計に激しい苛立ちを感じたルルは黒子を殺すような眼差しを向けて声を荒げる。


「誰のおかげでこうして生きていけているのよっ! だいだい私はちゃんとアンタのオバさんに許可を取っているんだから問題ないでしょっ! それにこの家の合鍵まで貰っているんだから!」

奈々子ななこオバさん、俺に内緒で勝手に合鍵まで渡すとは……」

「グズグズ言ってないで早く食べなさいよ! 学校に遅刻しちゃうでしょ!」

「たくっ、ガミガミと、お前は俺の母親かそれとも妻か」


『妻』と言うワードを耳にしたルルは急に頬をサクランボのように染める。


「バッ、バッカじゃないの! そっ、そんな妻だなんて……」


 頬を両手で覆う仕草をし、クネクネとワカメのように全身を揺らす。


「なに、気持ちの悪い動作しているんだ? 飯がまずくなるからさっさと学校に行け」

 さっきとは打って変わり鬼のような形相に変わりルルは騒ぐ。


「アンタも学校に行くのよっ! 食事が終わったら学校の支度をしなさい!」

「俺は行かない」

「いい加減にしなさいよ。いつまでも過去の事を引きずるんじゃないわよ」


 真剣な眼差しで黒子を見つめてくる姿にどこか悲しい表情も見える。

 現在、黒子はここ一年近く学校には登校せず、引きこもり生活をしていた。

 その原因は黒子の家族にある。

 一年前、黒子の両親と妹は近くにある遊園地に車で外出をしていた。車を走行中丁度、交差点に入ったときに突然、赤信号の射線から大型トラックが猛スピードで走り、そのまま黒子の父親の運転する車に突っ込んできたのだ。

 幸い黒子はルルと一緒に近所の百貨店に出掛けていたため事故に巻き込まれることはなかった。

 その事故で両親と妹は帰らぬ人となった。それから黒子は魂の抜けたような人生を送る。学校へは行かず、毎日パソコンで一人ゲームばかりするようになった黒子の姿にルルは耐えられなくなり、一生懸命昔の明るい黒子に戻ってほしいため、現在まで身の回りのお世話をしながらちゃんと学校に行くように説得をする。

 だが、今回も行く気配が無い黒子を見て、ため息を漏らしながら一人でルルは登校した。




 うるさいルルが学校に行ったので黒子は朝食を食べ終えたら、そのまま自室へ向かい先ほどまでやったFPSゲームを始める。




 日が暮れカラスが寂しく鳴く頃、またしてもルルは黒子の自宅へと、買い物袋に入った夕食の食材を持って訪れた。

 夕食を作り終えて黒子を呼び食事を始めると、いつものようにルルはガミガミ文句を言い始める。


「いい加減に学校に行きなさいよ」

「うるさいな!」

 すると黒子はテーブルを両手で叩き、リビングに甲高く音が轟く。


「なに、その態度」

「いい加減にしろよ、毎日俺の事は放っといてくれと言っているだろ!――それともなにか、俺の今の姿を見るのが滑稽こっけいだから来てるのか」


 その一言にルルは眉間に青筋を立てて、黒子の頬に力一杯平手打ちをする。


「今までアンタの為に時間を使った私はほんとバカみたい」

「ならもう帰れ。こっちもお前の顔見たくない」


 一言一言の発言に黒子の胸にチクチクするような感覚を覚える。

 もうこれ以上言うなと脳内で言いかけるが感情が高ぶっているせいで自分自身を制御できない。

 

「そうね、私帰る」


 ルルは椅子から立ち上がり勢いよくリビングを飛び出して黒子の自宅から出て行った。

 黒子は一人で食事をし終えて、そのまま自室に向かいベッドに横になる。

 本当だったら食事を終えたら真っ先にゲームをするのだが、今はそんな気分ではない。



 しばらくベッドの上で横になっているとスマホから着信音が流れ、着信相手は『ルル』からだった。

 そのままシカトしても良かったのだったが、先ほどの件で言い過ぎたところもあるので一応謝罪もかねて通話に出ることにした。


「もしもし……」

『さっき言い忘れていたことがあるんだけど、今大丈夫だよね? まあ、訊かなくても大丈夫だと思うけど』


 いつも黒子と接しているときの口調で少しばかり安堵あんどする。


「それで言い忘れていた事ってなんだ?」

『実はさ私サッカー部の先輩の赤条あかじょう先輩に告白されたんだよね』


 いつもみたいに自慢話がしたくて連絡をよこしたんだな、と黒子はため息を漏らす。

 ルルはルックスが良いため学校では一位二位を争うほどモテる。その為よく男子生徒から告白をされたりしているが何故か全部断っている。

 今回もそのような事を言うんだろうと思っていると予想もしない台詞をルルは告げる。

 

「わたし赤条先輩の告白受けようと思うんだよね」

「そうかまた断ったんだな――って、えっ! マジで!」


 黒子の心臓が口まで飛んできそうなほど勢いよく跳ねる。


「そう。私だって高校生活楽しみたいし、毎日アンタの世話ばかりしたくないし」

「……ルルが言うなら。いいんじゃないか」


 胸がチクチクと痛む感じがした。

 ルルの言うとおり世話ばかり掛けてしまい、大切な高校生活を無駄にさせてしまった。毎日仲のいい友人との遊びも断って黒子の事を優先してくれるルルに感謝の一つも伝えたことはない。

 そんな恩知らずと一緒にいるより、かっこよくてサッカー部のエースと一緒にいた方が彼女にとって幸せだと思う。

 だが、ルルの答えに黒子は頷くことはできなかった。

 しばらく間が空いた時間が続くと先にルルが口を開く。


「もしアンタが明日、自宅から外に出れたら私はこの告白を断ろうと思う。そしたらまたアンタの世話をいつも通りにしてあげるわよ」

「それって、もし俺が外に出たらルルに苦労させるんじゃないか?」

「何言っているの、アンタが外に出てくれたら私の努力は報われるのよ。今まで世話した甲斐があったと思えるんだからね」

「…………努力する。それとさっきは言い過ぎた……ごめん」

「へぇ~、アンタから謝罪の言葉が聞けるなんて意外。もういいよ許す。それに私だっていつもアンタにキツい事ばっかり言っていたんだから、お相子よ」

「…………」

「なによ急に黙っちゃって」

「別に、急にルルが優しい口調になって驚いたんだよ! もう寝る、お休み」

「お休み」


 通話が切れた。

 明日勇気を振り絞って外に出よう、と心に決めた黒子はゆっくりと寝息につく。




 翌朝、いつもより早く起きた黒子はなんと、自分の通ってる学生服に身を包んで玄関前に突っ立ていた。

 扉を開ければすぐ外に出られるのだが、今まで部屋にこもっていた黒子にはかなりのハードモード。

 ドアノブを握るがそれ以上の動作ができないでいる刹那、ドアベルが家中に響き渡る。

 ルルが来た。

 急いでドアを開ける動作をしようとしても上手く身体が動かない。

 鉛出てきているのかと思うくらい身体中がガチガチだ。

 ドアベルが鳴って数分が過ぎたところでルルが何やらボソッと自宅の外からささやく。


「黒子……さようなら、もうここには来ないね……」


 悲しそうな口調で足音が遠ざかっていく。


「ルルッ!」

「…………黒子!?」


 ルルの視界には、玄関ドアを開けて額から滝のように汗を流して険しい表情で見つめてくる黒子の光景が目に映った。


「外に出てやったんだ。約束通り先輩の告白を断ってくれるだろ」


「……もちろんだよ」


 瞳をうるませ笑顔を見せながら黒子の側に駆け寄り、思いっきりルルは抱きついた。


「苦しいよ……ルル」

「うっさい! バカッ!」


 黒子の胸にルルは顔を埋めて泣き叫び、黒子は優しくルルの頭を撫でた。


「なあ、ルル」

「なに?」

「もし俺が今日学校に登校したら、その時には俺の彼女になってくれる」


 黒子の発言にルルは黒子の身体から離れて顔を真っ赤にさせた。


「それって、私に告白だよね」

「そっ、そうだよ。嫌なら他の奴みたいに断れっ!」


 すると、ルルは今までに見せたことのない明るい笑顔になりながら、「いいよ」と返事をし、黒子の頬に軽く唇を寄せた。


「おっ、おまえ、いまっ!」

「早くしないと学校に遅れるぞ黒子!」


 そう言ってルルは走り去り、黒子はその後を追うように学校に登校するのであった。

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