短編作品4 兄が不良になった理由
カラスが寂しく鳴く陽が暮れた頃、中学の部活を終えた
またかと思い香澄はリビングへと向かわず自室の部屋に向かうとき、リビングの窓ガラスの方へ目を向けると兄の
とっさに間に入り両親を助けたいと思ったが、大人しい性格の香澄は気が荒い剛毅に立ち向かう度胸はなく、見て見ぬふりをしようと自室に入った。
学生服から私服へと着替えた香澄はベッドで横になり、暴力的な兄の事を考えていた。このままだと剛毅がもっと手の施しようがなくなったら、きっと家庭は今以上に崩壊する。
自分の部屋に向かう剛毅の力強い足音が聞こえたので、香澄は自分の部屋から剛毅の部屋のドアの前まで行き、三回ノックをした。
すると〈うるせいぞっ!!〉というドアの向こう側から叫び声が聞こえて、香澄はその場で驚き恐怖で腰を抜かしそうになるが、勇気を振り絞り震えた声で話しかける。
「おっ……お兄ちゃん。私だけど……今いいかな?」
「香澄か? どうしたんだ?」
部屋のドアを開けてきた剛毅に怖くて目を向けることができず俯きながら言葉を返す。
「少しお話したいから部屋に入ってもいい?」
「いいぞ、入れ」
剛毅の部屋に入り互いに向かい合って座布団に腰を下ろす。
「あのね……その……えっと…………」
恐怖のあまり言葉が詰まって話せない。
がたいが良く、金髪に眉毛は薄く、つり目の兄にどう話していいか迷っていると、
「はっきり喋れ」
「うん!」
急に話しかけてきた剛毅にビクンっと背筋が伸びてコクリと頷く。
「あのね、お母さんやお父さんに対して言いたい気持ちはわかるけど、最近暴言以外に手を出すのは……どうかな、と思って……」
最後弱々しい口調になってしまう香澄の答えに剛毅はため息を上げて言葉を返す。
「確かにお前の言う事はわかるけど、俺はあいつら両親は心底むかつくんだよ。だから殴っても当然だ」
「嫌いだとしても殴るのはよくないよ。もし両親に気に入らない事があるのなら、まずは私に相談してきて。いつでもお兄ちゃんの相談相手になってあげるから」
必死な眼差しで香澄が語りかけてくる姿に剛毅は少し笑みを浮かべ、香澄の頭を優しく撫でた。
「ありがとな香澄。そこまで俺の事を心配してくれて、てっきりお前は俺の事が嫌いだと思っていたんだけどな」
「そんな事ないよ。ただ、高校に入ってからお兄ちゃん事が怖くて話しかけづらくなっただけ」
中学までは剛毅によく遊びに出掛けたり、仲良くしていたのだが、高校に入ると突然人が変わったかのように髪を染めて耳にピアスをし、深夜まで帰って来ることはなかった。
ほんとは剛毅と今まで通り接して仲良くしたかったのだが、剛毅の気が徐々に荒くなるにつれて香澄自身も怖くて自ら言葉を話すことができなくなっていた。
だが、こうしてまた剛毅と会話ができて香澄は嬉しく思う。
「まあ、両親は大っ嫌いだけど、香澄は大切な妹だと思っているから普通に話しかけてきてくれ」
「ありがとうお兄ちゃん。それじゃ、私はテストも近し勉強をやらないといけないから自分の部屋に戻るね」
「…………ああ。またな」
急に剛毅が悲しい表情を見せ、香澄はもっと会話をしたかったのかな、と勘違いをしていた。この剛毅の悲しみは香澄ともっと会話をしたくて見せたのではなく、別な意味で見せたのだともしらず。
☆
それから何度も香澄は剛毅の部屋に訪れて、学校での出来事などお互い仲良く会話するようになり、徐々に昔みたいに距離が近づいてきた。が、両親との距離は未だに縮まらずにいたけれども、暴力を振るわなくなった事に対しては結果が出てきたのだと思う。
そんなある日、剛毅は用事で外出しているとき、香澄はリビングで両親とのんびり過ごしていると母親から心配そうな眼差しでこちらを向けて語りかけてきた。
「あなた最近剛毅の部屋にいるけれど大丈夫なの?」
「大丈夫って何が?」
「あの子に嫌がらせを受けたり、その……如何わしい事とかされてないか……」
思わず口に含んでいたジュースをぶちまけそうになってしまった。
まさか両親がそんな事を思っていたことに香澄は驚き、その答えにすぐ否定した。
「そんな事あるわけないじゃん。大体私たち兄妹だよ!」
ホッとしたのか両親達は深く
「ならよかった。てっきりあの子の事だから香澄に酷い仕打ちでもしたんじゃないかと思って心配したのよ」
「お兄ちゃんはそんな事するわけないでしょ。第一、昔はあんなに仲良く遊んでいたんだから」
「そっ、そう。ならよかった。じゃあ私は夕飯の準備をしようかしら」
椅子から腰を上げて、そそくさとキッチンに向かう母親の行動に、どこか不信感を覚える。
もしかして何か自分に隠し事でもしてるんじゃないかと思い、隣り迎えでテレビの情報番組を観ている父親に質問をしてみた。
「ねぇ、なにか私とお兄ちゃんの事について隠し事をしているんじゃない?」
「いや、隠し事なんかしてないぞ」
「だって、お母さんいつもと様子が変だから」
ああ、と何かを思い出した父親は語り出した。
「もしかして香澄と距離を置くように言ったことじゃないかな?」
その言葉に母親はビックと肩を動かし、香澄はその言葉に眉を吊り上げた。
「それってどういうこと? もしかしてその発言が原因でお兄ちゃんがああなったんじゃないの!?」
テーブルを叩きつけて激しい剣幕で両親に問うと、父親は香澄を宥めながら口を出す。
「落ち着け、母さんは香澄のために剛毅と距離を置くように伝えたんだ。あいつは勉強はできないし、何一つ取り柄も無いけど、香澄は違う。お前は学年上位になるほど頭が良くテニスだって県大会で優勝だってしたじゃないか。だから剛毅とは今後も関わるな」
「私が優秀じゃなければ、お兄ちゃんはあんな不良にならなかったよね?」
香澄は瞳に涙を
「違う! お前のせいじゃない。悪いのはできの悪い剛毅なんだ」
父親の吐いた台詞に香澄は
「そんな言い方するからお兄ちゃんに暴力振るわれるんだよ! 私もう勉強も部活もしない!」
「香澄!」
勢いよく香澄はリビングのドアを力強く開けて自室に向かった。
自分が原因で剛毅がああも変わってしまったと思い、罪悪感でいっぱいになる。
香澄が通っている中学校は、県内でとても有名な名門中学校であり、実は剛毅もそこの中学校を受験した。だが、剛毅は受験に失敗し、代わりに妹の香澄が受かった為、両親は香澄を
それから両親から相手にされず――むしろ冷たい視線を向けられて剛毅は居場所がなくなり、とても惨めな思いをする生活を送る。
今まで剛毅と会話しているとき寂しい表情を見せたのは香澄ともっと会話をしたいからじゃなく、勉強の自慢をしてくる妹に
香澄はベッドに入り顔まですっぽり潜らせ、ひくひくと声を出し涙を流す。
そんなとき部屋をノックする音が聞こえた。
「…………だれ?」
「俺だよ、剛毅だ」
「お兄ちゃん!?」
予想もしない相手からで香澄はベッドから飛び起きた。
ドアを少し開けて顔を覗くと剛毅が心配そうにこちらを見つめてくる。
「……どうしたの?」
「リビングから飛び出していったから心配になってな。部屋に入ってもいいか?」
コクリと頷き、香澄は剛毅を部屋に招き入れた。
お互い向かい合い、今まで見た事ない剛毅の真剣な表情で香澄を見つめてくる。
「どうしたの?」
「さっきのやり取り実は聞いていたんだよ」
「……そう」
「以前も言ったけど、俺は香澄に対して嫌いだと思った事は一度もない。むしろ優秀な妹で誇りに思っているよ」
「……本当に?」
「ああ、俺はこうなったのは香澄でも両親達のせいでもない。俺自身が悪いんだ。」
申し訳なさそうに剛毅は話を続けた。
「受験を落ちて両親から見放されて
「でも、それを気づかなかった私にも責任があるよ。そんな事も知らないでお兄ちゃんに自分が通いたかった中学校の話をした私にも非はある」
ワンワンと泣く香澄の頭を剛毅が優しく撫でる。
「責任を取るのはお前じゃなく、この俺だ。さっき母さんや父さんに今までの事を謝罪して、高校を卒業したらこの家から出て行く事を告げた」
「どうして!?」
「これ以上家族に迷惑を掛けられない。それに俺はここから出て、新しい人生を一からスタートしようと思っている。そう考えられるようになったのは香澄のおかげだ。本当に感謝しているよ」
「……お兄ちゃん……」
笑顔を見せる剛毅を見て、以前香澄が幼少期の頃よく遊んでくれた時に見せた笑顔と同じだった。
「今まで迷惑を掛けてき分、両親に返そうと思っている。多分許してくれないと思うが一生二人に罪を償うつもりだよ」
「……わかった。お兄ちゃんがそう言うなら私は笑顔で見送るよ」
「ほんと香澄には感謝してるよ。もう夕食の時間だから一緒にリビングに行こう」
「うん!」
香澄は笑顔で頷いて二人はリビングに向かう。
久しぶりに四人で食卓を囲む光景に、香澄は早く剛毅が両親と打ち解けられように心から願いながら食事をするのであった。
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