短編作品2 妹からのプレゼント

 日も暮れる田舎町。自宅で夕食を食べている細井恭富ほそいきょうふの隣でグチグチと妹の強子きょうこが騒いでいた。


「お兄ちゃん。呑気にご飯食べてないで私の話を聞いてよ!」

「聞いてるよ」


 食事の時には静かに食べたいのに、リビングに来てから永遠に訴えてきてる強子に鬱陶しいく深くため息を吐く。


「どうしたんだ深いため息をして」


 困っている恭富に父親は心配で尋ねるけど、気にしないでくれと一言告げ食事を再開する。

 食事を食べ終えた恭富は自室に戻ろうとしたが、妹の強子に襟首を捕まれて行かせないようにされてしまう。


「お兄ちゃん待って! 私の言うこと聞いて」

「離してくれよ……、僕はこれから部屋に戻ってゲームしたいんだよ」

「それだからいつまで経っても陰キャなんだよ」


 強子は顔を膨れてムスッとする。

 

「別に陰キャでも生活には支障出てないから問題ないよ」

「両親が死んだときはどうするの? 一人で生活できるほどのスキルないでしょ」


 まだ両親は四十代後半、寿命が尽きるのはまだ先のことなのに、強子は兄である恭富が独り身になった時の心配をする。

 昔から恭富は人一倍人見知りで怖がりの性格。そのせいで学校ではいつもイジメを受け、妹の強子に助けてもらった。

 現に今も学校の不良生徒にパシラれている。

 そんな兄を見るに見かねた強子は勇敢な男にしたいべく必死になる一方、恭富は変わる気など一ミリもない。


「とにかく僕は部屋でゲームがしたいから」

「とにかく私のお願いだけでも聞いて!」

「はあ……、わかったよ」


 あまりにもしつこく迫る強子に根負けした恭富は、一応妹のお願いを聞くことだけする。


「あのね私と一緒にいざないの森に行ってほしいの」

「無理」


 誘いの森とは、何人も神隠しあっていることから別名『さそいの森』とも言われるこの町で有名な心霊スポット。

 陽がもう暮れているのに、そんな怖い場所に向かう人間なんて物好きだ。


「そう、ならいいわよ。そこまで強く拒否をするならこの私だって考えがあるんだから」


 いつの間にか強子は懐から携帯ゲーム機を取り出す。


「あっ! それ、僕のゲーム機! 返せよ!」

「やだ」


 手に持っていた恭富の最新ゲーム機を何をあろうか自慢の腕力で真っ二つにへし折ろうとする。

 ゲーム機がミシミシと鈍い音をするのを恭富は聞き、瞬時に床に顔を付けて土下座をした。


「わかった行くよ! 行くから小遣い三ヶ月分で買ったゲーム機を壊さないでくれっ!」

「わかればよろしい」


 ゲーム機を渡された恭富は、我が子のように優しくゲーム機を両手で包み込む。


 約束なので仕方なく町で有名な心霊スポット誘いの森へと強子と二人で向かうのであった。



 人気ひとけの無く、森に入る者に警告をうながすような不気味なフクロウの鳴き声が耳に響く。

 森の入り口は暗闇で何も見えず、恭富の足は恐怖で竦み、今にも腰を抜かさないばかりの状態だ。


「やっぱり……帰りたい」


 涙を流す恭富を見てさすがの強子も少し可哀想になるが、心を鬼にして弱腰の兄にムチを打つ。


「泣いても私以外、誰もいないんだから助けに来ないわよ。頑張って行こう」

「そんな……」


 恐怖で漏らさんばかりの恭富の腕を掴み強引に森の中に入った。

 あまりにも暗く、歩くのが困難なため、恭富に自宅から持ってきたLEDライトを付けるように指示する。

 ライトを付けた瞬間、木と木の間を黒い物体がバタバタと横切る姿を見た恭富は驚いて腰を抜かす。


「何やってるのよ。あれはただのコウモリよーーお兄ちゃん……ほら、立って!」

「もう……無理……帰りたい……」


 嗚咽おえつし、涙を流す恭富の姿に強子は優しく頭を撫でて宥める。


「大丈夫、大丈夫。私が付いているんだから、もし何かあったら私が全力で守ってあげる」

「大体、なんで僕がこんなお化けが出る森に行かなくちゃいけないんだよ……。お前が行けばいいだろ!?」

「私一人じゃ意味ないの。お兄ちゃんと一緒に行かなくちゃいけないの。今は訳は言えないけど、目的地に着けば分かるから。今は私を信じて……」


 悲しい表情で俯く強子の姿を見て恭富は、意外な顔をした。

 いつも明るい笑顔しか見せなかった強子が自分に悲しい表情で訴えてくる姿に、兄として引くに引けない。

 恭富は頬に流れる涙を拭い、気持ちを切りかえる。


「わかった……強子の言う目的地まで頑張って向かうよ」

「ありがとう、お兄ちゃん」


 意を決して闇へと続く森の中を強子の指示を受けながら恭富は向かうのであった。



 しばらく歩いて行くと、背後から何やら気配を感じ振り向こうとしたとき、


「ダメ! 振り向かず前を見てっ!!」


 急に声を荒げた強子の言うことを聞き、背後の気配を気にするが、とにかく指示された場所に向う。



 かれこれ十分ぐらい森の中を歩いていると強子がいきなり耳元で「お兄さんお兄さん」と細い声で尋ねてきた。

 返事をしようとしたとき、

「返事しないの!」

「うわ! 急に大声出すなよ……。ていうか、返事するな、ていうなら声を掛けてくるな」

「ごめんごめん。――ほら! 目的地までもう少しだから早く行こう」


 不審な強子の態度を気になるが、目的地はもう目の前なのでとりあえず進む。


 目的地に着くと、そこは古びた廃寺だった。

 いかにも出そうな雰囲気の場所だが、隣に強子がいるため何かあったら助けてもらう。


「それで目的地に着いたけど?」


 ここに何があるのかをわかっているかのように強子は、すーっと流れるように廃寺の右の林の方へと向かう。

 恭富も後に続いて向かうと、

「あった」


 強子の指さす方に目を向けると、そこにあったのは、土で汚れているリボンの付いた包み箱があった。


「この箱を見つけたかったのか?」

「そう。これが私の目的。お兄ちゃん手に取って箱の中身を確認して」


 草むらにあるボロボロの包み箱を手に取り、リボンで外し、包み紙を剥がすとランニングシューズと有名スポーツメーカのジャージ上下セットだった。


「もしかしてこれって……」

「そう、お兄ちゃんの誕生日に渡したかったプレゼント。ほんとは一緒に早朝のランニングをしたかったんだけどね……。もう叶わなくなっちゃった」


 強子の心は残念そうな気持ちと悔しい気持ちが混ざる。

 悲しい表情をする強子を強く抱きしめたいが、目の前にいる彼女は

 なぜなら強子はここの森で遺体として発見されたのだ。

 恭富の誕生日に近くのデパートでプレゼントを購入して自宅に帰るとき、三十代の男性に無理矢理車に乗せられ、ここの森で陵辱された後、殺害されてしまった。

 それから恭富の前に幽霊として現れるようになった。

 その原因が兄への誕生日プレゼントを渡したかったという未練があるため、成仏ができなかったのだ。


「ごめんな強子、助けて上げれなくて……」

「そう思うんだったら、これからは女性を守れるような強い男になってね」

「ああ。約束する」


涙を流しながら恭富は声を強くして約束をする。


「なら、もうこの世にいる必要はなくなったから私はそろそろあっちに行くね」

「ちょっと待て! これからもずっと僕のそばにいるんじゃないのか!?」


 その回答に強子は首を縦には振らなかった。


「何言っているのよ、私は死んでいるの。ずっとこの世にいたら悪霊になってしまう恐れがあるからこれ以上はいられない。でも、あの世からお兄ちゃんを見守っているから安心して」

「そんなの……嫌だ!」

「わがまま言わないの!」

 

 強子と別れるのが嫌で泣きじゃくりながら引き留めようとする恭富に叱りつける。


「だって……僕はもっと強子といたい……」


 地べたに座り込み、大粒の涙をこぼす恭富の頭を強子は優しく撫でる。

 霊体である強子の手は感触はないのだが、頭部にぬくもりを感じた。


「私だってお兄ちゃんといたいよ……。だけどそれは叶わないの。私からの――いや妹からの最後のお願い聞いてくれる?」

「お願い?」

「うん。笑顔で私を見送ってほしいの」

「そんな……」

「できるよね妹のお願いなんだから」


 強い口調で強子は言い、恭富は背筋がゾッとし思わず頷いてしまう。


「よし! それじゃ私は先に行くね。――あっ、それと一つ言い忘れた事があるんだけど、結婚して、孫ができて、おじいちゃんになったら、あの世に来てね。もし若いうちに死んだら承知しないんだからね!」

「…………わかったよ。約束する」

「それじゃ、私はもう行くね。ちゃんと強い男になってよ。あの世でお兄ちゃんのこと監視するから」

「ああ、あの世で見守ってくれ」


 強子の身体全体が光り出し、ゆっくりと消えていく。

 あの世で安心していられるように強い男になると強く恭富は決意した。······のだが、今の現状に恭富は急にビビり始める。


「僕、……どうやってここから出ればいいんだ……?」


 強子は成仏して、この場には恭富一人だけ。

 恐怖で涙を出すが、勇気を振り絞りだして恭富はお漏らしをしながら森を出るのであった。

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