第3話 新しい家族とクズの父親

 祝日の晴れた日、気持ちのい朝を迎えたまことはカーテンを開け、窓を開き深い深呼吸をする。

 今日一日の予定は新しく母親になる瑠依子るいこさんと妹の美琴みことがこの家で暮らすことになるので、今まで使わず物置部屋にしてきた部屋を掃除することになっていたのだ。

 今日は片付ける部屋には妹の美琴が使うことになっている。ちなみに母親の瑠依子は父親の部屋で一緒に使うことになっていた(ちなみに一緒に使うことにしたのは父親本人が勝手に決めたことだが)

 伸ばしをした真はそのまま階段を降りてリビングに入ると、眠たそうな父親の姿がいた。


「父さん、おはよう。」

「おう、おはよう。――それじゃ、そろそろ朝食の準備を始めるとするか」


 食事の支度はできるだけ毎日一緒にすることがこの家族の決まりになっている、とても仲が良い家族なのだ。

 だが、これからは交代制にすることを決めることにした。

 今朝の献立こんだては白米、味噌汁、鮭、卵焼きに果汁100%のオレンジジュースの和食コース。

 二人は手際よく調理を始めて、できあがると直ぐにテーブルに置き、食事を始めた。

 午後に瑠依子達を父親が車で連れてくるため、その前に片付けを終わらせないと行けないため急いで二人は食事を済ませ、汚れてもいい服装に着替え、部屋の掃除を始めたのだ。

 部屋の荷物は庭にある倉庫に移動し、床や窓の汚れを掃除や雑巾がけをして三時間近くかけて掃除を終わらせたのだ。


 掃除を終わらせると、父親はまだ迎えに行く時間が早いのにもかかわらず待ちきれず、急いで迎えに行ってしまった。

 しばらくして玄関のドアが開き、父親と瑠依子の楽しそうな会話が部屋の外から響き渡った。


「おーい真。荷物運ぶの手伝ってくれ」

「わかった、今行くから」


 一階の玄関から大声で荷物運びを手伝うように言われ、急いで真は階段を降りて玄関に向かった。


「こんにちは――じゃなくてただいまか。真くん、これからよろしくね」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

「……よろし……く……」

「よろしく美琴ちゃん」


 黒のワンピースを着た美琴はすかさず母親の瑠依子の背中に子供のように隠れ出し、その姿を見た真は思わず苦笑いをしてしまう。

 父親は瑠依子の荷物を持ち、二人で自室に入った。真は美琴の荷物を持つことになり、新しい部屋を案内することになった。


「ここが美琴ちゃんの部屋ね。少し古くさいけど我慢して」

「…………うん」


 相変わらず、一つ返事で済ませてしまう。


「荷物はこれだけなの?」

(……いえ$#&%$&#&%……)

 

 あまりにもボソボソ声で、なんて言っているのか聞き取れなかった。

 多分、他は引っ越し業者に頼んでいるのか問うと美琴はコクンと首を縦に振る。


荷物が届き次第手伝おう、と思った真は、これから美琴と暮らすため親睦しんぼくを深めようと何か会話を振ろうと思った。


「美琴ちゃんは何か趣味とかあるの?」

「…………」

「それじゃ、好きな食べ物とか聞いちゃおうかな?」

「…………」

「……ん~とね。好きな動物は?」

「…………」


 女子に対してのコミュ障な真が勇気を振り絞り質問を投げつけているのに、どの質問も答えてくれない。

 学校で女子と会話をしない真は、こうならないためにも普段から会話をできるようにしとけば、と後悔をした。


「じゃあ、俺は自分の部屋に――」

「……コウモリ」

「……え、今なんて?」

「……好きな……動物は……

「へえ~、そうなんだ(普通は犬か猫と言うのかと思った……)」

「おっ、おっ、おっ、……は何の動物が……好きなんですか?」


 思わずドキッっと心臓が跳ねる感じがした。オドオドしながらこちらをうかがう美琴に勇気を持って言葉を返してくれて、尚且つ、一番嬉しかったのは真のことをと言ってくれたことに可愛くてもがき死にそうになっていた。


「おっ、俺か、そうだな~犬かな」

「犬ですか……」


 ここで会話を終わらすといけないと思った真は、咄嗟に思いついたことを口にする。


「どうして美琴ちゃんはコウモリが好きなの?」

禍々まがまがしいところですかね」

「まがまがしいところ?」


 美琴は少し変わっているキャラなのだと真は思ってしまう。もしかして中二病かと。


「それと私のことは呼び捨てで構いませんから」

「へ?」


 女性に対しての免疫が全くないのに、無理して『ちゃん』を付けて下の名前で呼んでいるのに、それを呼び捨てだなんて腹の底から緊張の渦が押し寄せてくる気分だった。


 じっとこちらを見つめてくる美琴に覚悟を決める真は口を開く。


「わっ、わかったよ、美琴。それじゃ俺は宿題があるからまたな」

「わかった。お兄さん」


 最後の『お兄さん』という台詞に全身がドキッとさせながら美琴の部屋を出た。


 陽も暮れ寂しい夕闇に変わる頃、真は宿題と予習を終わらせて一息ついていた。


「真君 夕食ができたからリビングに降りてきて」

「わかりました、今行きます」

 

部屋から出てリビングに向かうと、食卓には三人が椅子に腰を掛けて真が来るのを待っていた。

 美琴の隣の椅子に真は腰を下ろして食事を始める。

 今まで母親以外の女性と食事をすることがなかった真は心臓の鼓動こどうが上がってしまう。

 隣は一つ下の女性、真から右斜めの席には新しい母親の瑠依子。

 女性に免疫が無い真には平然として食事をすることができない。

 緊張のあまり食事が喉に通らないが、無理矢理押し込んで食べている中、父親が真に喋りかけてきた。


「真、宿題は終わったのか?」

「ああ。宿題と明日授業の科目も全て予習を済ませた」


 その言葉を聞いた瑠依子は驚いた。


「まあ、宿題以外に予習もするなんて真くんは偉いのね。将来は学者とかを目指しているの? それとも教師?」

「いえ……


 その言葉を聞いた瑠依子はさらに感心してしまう。


「医者を目指しているなんてすごいね。医者になれたとしたら何科を目指しているの?」

「まだそこまでは考えていないけど、できれば内科か外科がいいな」

「まあ、素敵な夢だわ。将来が楽しみね」

「……努力します」


 あまりに褒められすぎて頬と耳が赤く染まりうつむいてしまう。


「なにが努力しますだ。俺は医者じゃなくて弁護士になれと言ってたのによ」


 父親が間に入って話してきた。


「あら、医者だって立派じゃない。何が不満なの?」

「それはだな。もし女性がらみでトラブルが起きたとき、弁護士にお願いすると物凄い費用が掛かるだろ。でも息子が弁護士になればいくら女性トラブルが起きたとしても


 あまりのクソな発言に瑠依子の眉間に青筋あおすじが浮き上がる。

 さすがの真も照れから恐怖へと顔色を変えた。

 新婚早々でまさかの離婚の危機。真は恐怖の余り瑠依子の顔を直視できないのに、父親は満面の笑みを向けている姿に肝が据わっているのか、それともただの大馬鹿のクズなのか、どちらにしても救いようがない人物だとはわかる。

 この父親に育てられたことに、とことん後悔してしまう。

 

「春男さん」

「ん? なんだい瑠依子?」

「安心してください。私が女性関係のトラブルを事前に阻止させますので」

「おう。それは頼もしい、さすが俺の嫁だ」

「ええ。今から春男さんの大事な下半身をハサミで去勢させますから」


 さすがの父親もことの状況が理解したのか。急に顔が青ざめてしまう。


「落ち着け、冗談だよな……。それにそんなことしたら。新しい子供ができないぞ」

「もう可愛い二人の子供がいるじゃないですか。新しい子供なんていらないでしょ?」


 テーブルの椅子から立ち上がり、リビングにあるカラーボックスの引き出しを開けてハサミを取り出した瑠依子は、チョキチョキとハサミの音を鳴らしながら笑顔で父親のほうに詰め寄る。

 情けない父親は助けを求めてくるが、自業自得の行為なので真はシカトをする。

 隣に座っている美琴はというと無言で食事をし、食べ終わるとそそくさとリビングから出て、自室へと戻ってしまった。

 真も父親の情けない言動に呆れていたため、食事を終えてすぐに自室へと帰還した。

 せっかくの新婚生活を台無しにした父親は、朝まで自室の入口前で正座をして反省することになった。

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