第3話 エマ=シュレヒテ
魔術の発動に、
それは言い換えるなら、魔術の発動には、魔女自身の寿命が必要だということ。
寿命を削って魔術を発動する世界に生まれるなんて、私にとってはこの上ない不幸だ。
前世で早死したのにこの世界でも早死しそうだなんて。2回の人生を足しても日本人女性の寿命には足りないだろう。
「はぁ……」
思わず悲劇のヒロインのようなため息が漏れる。私はそんな柄じゃない。
ダンッ!
カランと落ちる薬莢を残さぬように回収する。たとえ敵兵がここまで来ても、狙撃場所だと知られないため。
そして資源を無駄にしないため。いわゆるリサイクルだ。
さて、そろそろ移動しなければ――ん?
「こりゃまずいな……」
私の視線の先に、倒れている人と思しき足が見えた。履いている靴からして私と同じ
慌てて駆け寄り、状態を確認する。
「う、うぅ……」
生きてる、良かった……。
この症状は――。
「
彼女は小さく首を振る。背負って運ぶしかないか……。
「ほっ!」
軍人で良かった。前世の私だったら人1人担いで戦場を駆け抜けるなんて絶対にできないと断言できる。まぁそもそも、一般人が戦場に行くことなんてそうそう無いだろうが。
しかしキリエがいてくれたら良かったのに。彼女ならこれくらいお茶の子さいさいだったろう。
「少し……いや、だいぶ揺れるよ」
背中越しにうなずいたのを感じ、私は安全な塹壕まで駆け走った。
――✿✿✿――
ここは兵站。戦場の後方施設だ。何とか彼女を運ぶことができた。
「お疲れ。人を担いでくるなんて大変だったでしょ?」
「まぁね。あの子の容体は?」
「大丈夫よ。慣れない状態で魔術を使いすぎたみたいね。中等度の魔術疲労を起こしてるみたいだけど、わたしが治療したし、しばらく安静にしてたら大丈夫だと思うよ」
彼女はルリ=アールツト。キリエより淡い金髪の、言うなれば衛生兵だろうか。
そして魔術疲労とは、魂を削る魔術を連続的に発動した場合に起こる症状の総称だ。軽度だと指先の痺れや視界不良、彼女が起こした中等度だと激しい眩暈と頭痛。
重度の場合、吐血や失神してしまうこともある。
「そうか、ありがとう」
私は無意識のうちにルリの首にある花のような痣を見やる。この痣は、形は違えど全ての魔女が持っているものだ。
人間の女性と見分けるのも、この痣がなければ難しいだろう。
「……大丈夫! 私のことは心配しないで、ね?」
「ははは、バレてたか」
心配するなと言われても難しい。ルリともキリエと同じくらい長い付き合いだ。ルリの魔術『人体治癒』は、魔術の発動以外に自身の生命力を他人に分け与えるもの。
人より魂を消耗する彼女の
だからこそ心配だ。
「もう、ヒバナは昔から心配性なところがあるんだから。
「それは……返す言葉がないな」
魔女は魔術を使って当たり前、これが魔女の一般常識。でも私は、前世の記憶があるせいであまり納得できていない。
「さて、私はそろそろ戻ろうかな。キリエを1人にできないし、大佐に怒られてしまう」
「うん、いってらっしゃい」
――✿✿✿――
日も暮れて、生徒たちは兵站で点呼を取る。私が知っている限りは夜襲などは来ていない。故に夜は平和なのだ。
今日もまた、数回返事が減っている……。
点呼が終わるのを見届ける。私も寝床に戻ろう。
「あの」
「ひゃい」
しまった……急に呼びかけられたものだから変な声が出てしまった……。
コミュ障が出そうだが仕方がないので振り返る。
「あの、今日はありがとうございました!」
「あ、あぁ。体調はどうだい?」
「お陰でよくなりました」
声をかけてきたのは魔術疲労で倒れていた少女。黒い短髪が似合う彼女は、胸の前でガッツポーズをとって見せる。
「それは良かった。君は、えぇっとー……」
「エマ=シュレヒテと言います! 『弾丸操作』の魔術で狙撃手です!」
そういえば名前を聞いてなかった。エマ、絵馬か? キリエは切り絵だし。
それにしてもなんて元気はつらつな子だろうか。同じ魔術を持っているのにまるで正反対だ……。
「私の魔術も『弾丸操作』なんだ。よろしく」
「よろしくお願いします! あの、ヒバナさんですよね? 去年度士官学校を首席で卒業したっていう!」
「そ、そうだけど……」
面と向かって名前を呼ばれると気まずいのはいつまで経っても変わらないな……。
「私もヒバナさんみたいになりたいです! 髪の色も同じだし、なれるんじゃないかな……?」
確かに私とエマの髪の色は同じ黒だけど、さすがにそこに因果はないだろう。思わず苦笑を漏らしてしまった。
「あの、お願いがあるんですけど、いいですか?」
「ま、まぁ私にできることなら……」
「私を弟子にしてもらえませんか?」
うんうん弟子ね、なるほどなるほど。
「え? 弟子!?」
「はい!」
はい! じゃなくて。想像の斜め上をいくお願いでびっくりした……。
でもまぁ――。
「教育係としてつくってことなら、良いよ」
「本当ですか!? ありがとうございます!」
天と地ほどのテンションの差が気になるところだけど、ひょんなことから私に弟子ができたのだった。
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