ー 来歴 ー

 謳われぬ者たちの軌跡を、今、物語ろう。


 何故なら私には、その義務がある。

 何故なら私以外に、語ることの叶わぬ物語なのだから。


 我が愛する大地、アングリア。


 かつてこの大地には、四つの王家が存在した。


 山岳と断崖の海岸線が領土の大部分を占める、北西のヴァンボロー。


 肥沃な土地と温暖な海の恩恵を濃く受ける、南のロチェスター。


 大地の中央に広がる草原地帯を治める騎馬民族、モンフォール。


 極東の諸国と隣接し独特な文化色を持つ、東のアウレリオ。


 四つの王家は、アングリアの地の覇権を巡り幾年もの戦を続け、人々は疲弊し、国々は荒れていた。


 そして、大地が人々の怨嗟で飽和した時、神は、ひとりの男を世に送り出した。


 イーサン・キーオン。


 ロチェスター南東部の漁夫だったイーサンは、重税に苦しんでいた民を束ねてロチェスター王家に反旗を翻すと、ロチェスターの内乱を望む他三王家の後ろ楯を秘密裏に得て、ロチェスター領南東部一帯を占有し独立を宣言した。


 この機に乗じて他三王家は、自領とロチェスター領の隣接する地域を自国に取り込もうと侵攻を試みるが、イーサンの進撃の早さに早々に降伏したロチェスター王家が、今度は逆にイーサンの傘下に降り、イーサンを自国の王として担ぎ上げた。


 イーサンはロチェスター家の有する莫大な富を惜しみなく軍費に費やし、侵攻してきた三王家を撃退するに留まらず、その三国の王都を陥落せしめて、アングリアの地で初めての統一王となった。


 統一後、イーサンは自身の信仰していたヴァリ教を国教に制定し、その年を聖ヴァリ歴元年として、アングリア王国の歴史の幕を開いた。


 以降、千余年、アングリアの地は、キーオン王家と旧四王家を領主とした四領主に治められ、青海を挟んで南方で隣接するベルジュラクと、西方の隣国カサンドロスからの干渉はあったものの、そこに住む人々は、それまでに手にしたことのなかった安寧に酔いしれて、代を継いでいった。


 聖ヴァリ暦1006年、その安寧に終焉が訪れる。


 謳われぬ者たちの物語は、その混沌から、始まる。


 アングリア王国皇太子リーアム・キーオンの嫡男、クリフ・キーオンの婚約者として、王都ヴィクターズ・ワーフに入京していたエリナー・ヴァンボローの急逝が、王室から報ぜられた。


 王室はエリナーの死因を病死と伝えたが、同報と共に、王室が次のクリフの新たな婚約者候補を即座に立てた事から、エリナーの出自であるヴァンボロー家は、そのエリナーの後釜となる妃候補、アーリア・ロチェスターの血族であるロチェスター家の某略により、エリナーが暗殺されたものだと主張した。


 王室、ロチェスター家は共に、これを事実無根と否定し、アングリア王国キーオン朝第二十五代君主、マシュー・キーオンは、この謂れなき糾弾は王家に対する侮蔑であるとし、ヴァンボロー家当主、フレドリック・ヴァンボローに、謝罪の為、単身での王都ヴィクターズ・ワーフへの参内を命じた。


 ヴァンボロー家はこの命を反故とし、三日間の沈黙の後、隣接するロチェスター領へ唐突に侵攻すると、その二日後にはロチェスター領都ストックハムを陥落させ、アングリア王国からの独立を宣言した。


 アングリアの地は再び、戦火に苛まれることとなる。


 そう。

 全てはそこから始まったのだ。

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