"UNSANG"s -アンサングス-

北溜

ー 序章 ー

 男は石櫃の前に跪き、両の手を額の前で組んで、祈っていた。


 石櫃の置かれた地下室に陽を取り込む窓は無く、男の傍に置かれたランタンの灯りは、湿った壁のぬめりに吸い込まれてしまいそうな程に、弱々しかった。


 「よくぞ、ご決断頂きました」


 男の背後の闇から、別な男の声が響く。石櫃の前の男は、振り向かないまま、組んでいた掌を解いて、言う。


 「仮に俺が動かずとも、貴殿らは別の誰かをけしかけたんだろう?」

 「仮に我らが動かずとも、いずれ誰かが気付いていたでしょう」


 闇の中に佇む男は、石櫃の前の男の声を遮る様に、語尾に自身の言葉を被せた。

 石櫃の前の男は静かに立ち上がり、振り向かぬまま、背後に向けて問う。


 「誰か、とは?」

 「例えば、アングリア王」


 闇の中の男がそう答えると同時に、石櫃の前の男はおもむろに、腰に携えていた剣を抜き、切っ先をその石櫃に向けた。ランタンの僅かな火を、剣身が鋭く反射させる。


 「ご安心下さい。あなたのご決断を、無に帰する事は決してありません。あなたが選択を誤らない限りは」


 闇の中の男の言葉に、石櫃の前の男は素早く振り向き、剣先を男の鼻先に向けた。


 「万が一そうなった時、俺は貴殿らを殺すだろう。貴殿らの悉くを、だ」


 闇の中の男はその言葉にも、鼻先に突きつけられた剣先にも、怖じる素振りを見せずに返す。


 「いずれにせよ、この国は荒れるでしょう。その中で、我らは我らの成すべき事を成します。あなたがあなたの成すべき事を成せば、我らの願いは必ずや、成就するでしょう」


 言って、闇の中の男は薄く笑みを浮かべた。

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