第152話 安全と安心 (2)

考え込んでしまった俺を横目で見ながら、小山内は榎本さんに質問した。


「その計画が危険なものなら、許可が下りないんじゃないの?」


榎本さんは何かを確認するようにタブレットを操作して答えた。


「たしかに、事業を始める前に、環境への影響を調べる調査をしなきゃならないみたいなんです。ネットで見る限りでは、まだその結論は公表されていないみたいですが。」


俺も浮かんできた疑問を投げかける。


「ソーラー発電所は全国でたくさん出来ているみたいだし、その分、安全性は高まってるんじゃないのか?」


榎本さんはタブレットから顔を上げ少し考えて答えた。


「そうかもしれませんね。」


小山内はその答えを受けて指を折りながら、考えをまとめた。


「とすると、やるべきことは、その調査がきちんとされるようにすることと、危険なことが起こらないように工事しておくことになるわね。」


ん?ちょっと待ってくれ。


「だが、それだとかなり専門的なことのようだし、俺たちに何か出来ることはあるのか?」


俺の言葉に、なんとなく榎本さんがしょぼんとしたように思える。


「ゆりちゃん、何か考えがあって私たちに相談してくれたんじゃないの?」


小山内も俺と同じように感じたのかも知れない。


「はい。危険か危険じゃないかというのは私にも解りません。でもその下流に住んでいる人たちは、いつ災害に襲われるかも知れないという不安の中で暮らしていくことことになります。」


榎本さんはそう訴えた。

たしかに。安全だということと、安全だと思えるということは近いようでいて、かなりの隔たりがある。


「でも、調査とか、工事とかがどんなふうになったとしても、納得できない人はいるだろうし、安全と言われていた施設が事故を起こしたりする事もあるから、不安を取り除くのは無理なんじゃないかしら。」


そこだよな。

静岡の災害はソーラー発電所と関係があったのか無かったのか解らないが、それでも自分の家の上流の谷を埋める、それも崩れたことがありそうな谷を埋めると聞いて、不安に思うなっていう方が無茶だ。


「例えば俺が超能力を使って、きちんと調査や工事をするように出来るかも知れない。それどころか災害が起こらないようにする事が出来るかも知れない。でもそうしたとしても、その住宅地の人たちが不安心して暮らせるかどうか解らない。」


小山内も頷いて俺の話を引き取る。


「そうよね。だから別のアプローチが必要よね。」


榎本さんも「そうですね…」と同意したものの、浮かない顔をしている。

おそらく俺もだろう。

だが、ここでこうして悩んでいても、何も前に進まない。超能力を使うにしても、ここじゃな。

やっぱりあれか?現場百回とか。

だから。


「行ってみるか。そこに。」


俺は、そう言ってみた。

小山内の表情が明るくなった。


「そうね。ここで悩んでいて答えを出せるほど簡単な問題じゃないわ。」

「はい。ありがとうございます。そうしましょう。」


小山内も榎本さんも俺の提案に大きく頷いた。


解決方法なんて見当もつかないが、こうして小山内や榎本さんと一緒に何かをしようと考えただけで、何かわくわくしてきた。


お嬢様の騒動で、先が見通せないような重苦しい気分になっていたが、2学期もこれならなんとかやっていけそうだ。そんな気分だ。


単純とか言うなよ。

自分でもわかってるんだからな。


その後俺たちは、早速次の日曜日に現地に行くことに決めて集合場所なんかの打ち合わせをした。

マップアプリで見ると、あの城跡に行く道をずっと先まで行ったところにあるようだ。おそらく駅から城跡までの距離の1.5倍ちょっとというところか。

なので城跡に行った時のように駅前で自転車をレンタルすることにした。


榎本さんも現地には行ったことがないそうで、マップに表示されている住宅地から問題の柿谷を遡っていける道があるのかどうかわからないそうだ。

マップアプリでも川は細い青線で表示されていて、その横に道らしい線があることはあるけど、そこが通れる道かどうかわからない。秋が近いとはいえ、まだまだ今は暑い時期だから、きっと草なんかもすごい勢いで茂っているだろう。川にもよくわからない、堰き止めるような記号があるようにも見えるし。


「完全装備だな。」


俺は、初めて城跡に行った時の鳥羽先輩達の出立ちを思い出した。


「そうね。暑いけど仕方ないわね。飲み物、できればスポーツドリンクも持って行かないと。」


そう言いながらふっと何かを思い出したように小山内は俺の方を見た。

俺も「スポーツドリンク」という言葉で、あの城跡のことを思い出し小山内を見てしまった。


不意に絡み合ってしまった視線に、俺は狼狽して視線を逸らしてしまう。だがそれは小山内も同じだった。

そんな狼狽するほどの出来事じゃないのはわかってはいるんだが、その、小山内との思い出だしな。


あとは。


「俺たちが案内も無しにいきなり行って、何が解るのだろうか。何をしたらいいのだろうか。」という、ある意味一番大事なところだ。だがここは、さっき皆で考えたように、どうやらポイントは、「安全かどうか」、ではなく、「安心して暮らせるかどうか」、ということみたいなので、専門知識がなくてもなんとかなる…んじゃないか。

…なんとかなったらいいな。

まあそこは、悩むより動こうってことで。


しかし、こんな大雑把な計画とすら言えない思いつきによく小山内が賛成してくれたな。

俺はそう思って小山内を見つめてしまった。


「なによ。」


なぜか察知される。


「いや、なんか、小山内ってこういういい加減な思いつきとか、あんまり好きじゃないんじゃないかなって思ってな。」

「そうね、でもあんたの思いつき、たまに面白いし、わくわくする展開になるのよね。」


そう言って、小山内はにこっと笑った。

かわいい。

おーし今回もがんばるぜ。


俺の単純なやる気出しを、榎本さんはにこにこしながら見ていてくれた。

いい奴だ!









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