第15章 手探り
第151話 安全と安心 (1)
お嬢様との朝の挨拶で一騒動あった日の放課後。
既にいろいろな気苦労でへとへとになってた俺だが、久しぶりの小山内のメールの呼び出しに、掃除を一気に済ませて藤棚にやってきた。
小山内はまだのようだ。
9月になったとはいえ、まだまだ暑い。
藤棚の日陰でも汗が出てくる。
言っとくが朝のことで小山内に何か言われるかもわからない、って冷や汗じゃないからな。
しばらく待ってると、小山内が図書館の建物の角を曲がってくるのが見えた。
立ち上がって手を振ろうとして、小山内の後ろから榎本さんがついてきてるのに気がついた。
ん?
なんとなく声をかけそびれていると、まだ少し離れたところから小山内が声をかけてきた。
「待たせたわね。」
「お待たせしてごめんなさいです。」
この言い方だと、榎本さんは、偶然小山内と出会ってついてきたってのじゃなくて、もともと榎本さんも来ることになってたようだ。
ということは、人助けの話か?
俺は意識が緊張するのを感じた。
「疲れてるところ悪いわね。」
ベンチに座るなり俺に視線を走らせた小山内は、少し棘を感じる言葉で話し始めた。
「ユリちゃんがずっと調べてくれてたことがあったんだけど、その話をしなきゃならなくて。」
そういえば1学期にそんな話をちらっと聞いた記憶がある。ということは夏休み中ずっと調べてくれてたのか。
俺は榎本さんの方に向き直って頭を下げた。
「榎本さんありがとう。」
「そんな、お礼なんて。私も仲間なんですから。」
そうだ。榎本さんも俺たちの仲間だ。だが、頑張ってくれたのにはちゃんとお礼を言いたい。
「ユリちゃん、私からは俺くんにはまだ何も言ってないの。最初から話してくれる?」
「はい。」
榎本さんはリュックからタブレットを取り出した。
起動して何かの画面を呼び出す。
それを見ながら話し始めた。
「もしわからないところがあったら、いつでも言ってくださいね。まずこの写真を見てください。」
そう言って榎本さんはタブレットを俺たちに見せた。
そこには有名なマップアプリの航空写真レイヤが表示されている。
平地と山が半分ずつくらいの場所みたいだ。
その画面を榎本さんは拡大していく。山の方が中心にきた。
「ここは羽矢市の山です。」
羽矢市というのは、この学校のある市の隣にある市だ。方角で言えば、駅とか薮内さんの家のある方角だ。
「この山にソーラー発電施設が建設される計画があるのです。」
「ええと、あのソーラーパネルをいっぱい並べるやつか?」
「はい。それです。ここに計画されているのはメガソーラーというもので、かなり大規模なものです。」
それが俺たちの活動とどういう関係があるんだろうか?
ソーラー発電所は最近たくさんできているみたいだし、俺たちの出る幕はないんじゃないのか?
それに小山内と話して決めてたわけじゃないが、お金儲けの手伝いに俺の超能力を使うのはどうも人助けとは違う気がする。
俺のその気持ちが表情に出たようだ。
榎本さんが先回りして教えてくれた。
「今度の人助けというのは、この計画に危機感をおぼえている人たちの方の手助けです。」
え?なにそれ?
榎本さんは話を続けた。
「この計画は羽矢市の柿谷地区の山を大規模に削り、余った土で谷の部分を埋めて、平地を作って作る計画と言われています。」
榎本さんはそういうと、マップアプリの表示を地形図のレイヤーに切り替えた。
たしかに谷のようになっている部分がある。
榎本さんはその谷の部分を指でなぞった。
うん?
環境破壊がって話なんだろうか?
「この地形図だとよくわかりませんが、実際にはこんな感じの山です。」
今度は榎本さんは、山の麓を走っている道の上に沿った青線をタップした。
画面が路上の光景に切り替わる。その視界の方向を山側に変える。
地形図からはわからなかったが、里山といったいった感じの山ではなく、しっかりとした山らしい山だ。
「この山を切り開いて作るそうです。東京ドーム2個分ぐらいの広さになるそうです。」
そう言われても、東京ドームには行ったことないので実感が湧かない。
「いいから話を進めて。」
小山内が俺の思考を読み取ったみたいに口を出した。
「はい。その中に含まれるこの谷には小さい川が流れているのですが、この川の名前が柿谷川なのです。」
へえ。だから柿谷地区か。
俺はその程度の感想しか持たなかった。
「この川が山の裾野に差し掛かるあたりに住宅地が作られています。」
榎本さんはまた操作して航空写真の画面に戻した。たしかに川の先に何十軒かの家が整然とまとまって建っているように見える。そのあたりに橋のようなものも見えるので住宅地の中を流れているのかもしれない。
「ということは、そのソーラー発電所ができれば環境が悪くなるとかの話か?」
「いいえ、そういう話ではないのです。少し話が逸れますが、この話を私が知った経緯を話してもいいですか?」
「いいわよ。」
小山内が俺に聞かずに答える。まあ俺の答えも同じだから別にいいんだが。
「私がお寺とかに興味があるのはご存知ですよね?」
「ああ。」
「私は父の影響でそうなったのですが、父のその趣味のお友達に大学の先生がいるのです。その先生が父のところに遊びにきた時にこの話をされてたのです。その先生が言うには、この計画のある『柿谷』という地名が少し気になっている、地図を見ても柿を作っていた形跡がないようだ、もしかすると、元々の名前は『柿谷』でなく。」
そう言って榎本さんは一旦言葉を切って、タブレットの上をなぞるように「欠き谷」という字を書いた。
「こういう名前だったんじゃないか。もしそうなら、山が欠けた谷、つまり山崩れを起こすところかもしれない。その谷を埋めてしまうのは危険かもしれない、崩れて土石流災害が起こるかもしれないと。」
榎本さんは、そう言いながら大学の先生から見せてもらったという地図をとりこんだものを俺たちに見せてくれた。
そういえば、テレビか何かで、災害が起こったことを示す地名があると聞いたことがある。
ここもそうだというのだろうか。
「私の調べだと、こういうものもありました。」
榎本さんは、また別の図を呼びだす。これは。
あれ?
ちょっとひっかかった。
「上流を埋め立てるんだろ?それなら谷や川がなくなるから、むしろ安全になるんじゃないのか?」
「いえ、私もよく分からないのですが、山に降った雨の行き先が必要なので、平坦になった土地を削りながら雨水が流れ出します。その水は削った土砂をともなって谷に流れ込んでいって谷を傷つけるらしいのです。それに、盛り土が崩壊することも何度も起きているそうです。地中にしみこんだ水の排水のための充分ば設備がないと、危険が大きくなるんだそうです。それから、この計画地の近くに活断層もあるそうで、この谷がもともと崩れやすい『欠き谷』なら尚更危険じゃないかということなのです。」
「憶えてる?あの静岡の街を襲った土石流で。」
俺はそう言われて、何度もテレビで流れていた大災害を思い出した。
造成地にあった大量の土石流が豪雨で一気に崩れ、住宅地を襲い、多くの方が犠牲になってしまった。
だが、まさか、あの事故の後なのに、そんな危険な計画が許されるはずがないんじゃないか?
「うーん。」
榎本さんの話は難しすぎて俺にはよく解らない。
それに、そんな問題をどうやれば解決出来るのか見当もつかない。
「うーん。」
俺はもう一度唸った。
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