第150話 傾向と対策 (3)

翌朝、電車に乗ろうとしたら小山内からショートメールが届いた。

お嬢様のことで何かいいことを思いついたのかと思ったら、「放課後藤棚に来て」というだけだ。


何なんだろう。いいアイデアが浮かんだのなら、一言でもそう言ってくれればいいのに。かすかな不満も抱いたが、久々の藤棚で小山内と2人きりってことの方が俺には大事だ。

今日はいい日になりそうだ。


なんて思ってた時代が俺にもありました。


使い古された言い回しだがな。


小山内から呼出しはあったものの、昨日の作戦を一旦中止というような指示もなかったので、どうやってお嬢様に切り出そうかと考えながら教室に入った。

そしたら、既に登校していたお嬢様といきなり目が合った。


「おはようございます俺くん。」


待ち受けていたのかと思うほどのナイスなタイミングで、いきなり挨拶をかまされた。かまされた、というと語弊があるように聞こえるが、俺にとってはそういう感覚だった。


面食らった俺は、こちらも既に登校していた小山内の方をちらっとと見ると、小山内も竹内さんと話をしていただろうに、俺に真っ直ぐ視線を向けている。

あれは、「すぐに言いなさいよ、早く言いなさいよ、何ぐずぐずしてるのよ。」の視線だな。

何をって、疑問の余地もない。

お嬢様に、結婚なんてする気がないと言えってことだ。


小山内、だがよく考えろ。

みんなが今の挨拶で、「なんであいつだけ名前を呼んで挨拶してもらえるんだ?」状態になってるのに、近づいていって「結婚できない」ってやれってのか?

あるいは、そういう周囲の視線の中なのに、お嬢様を呼び出せってか?

…いやまあ、小山内ならそれでもやれって言いそうだが。

そんなことが脳裏に渦巻いている間に、お嬢様が悩ましいため息をつきながら、なぜかよく通る声で追い討ちをかけてきた。


「挨拶を返していただけないのは悲しいですわね。」


ちょっとまてお嬢様。

その言い方はヤバい。

ほら、君の周りに集まってる女子とか、それを見るとも無しにガン見している男子とかさ。

背後にいきなり黒いオーラが立ち上ってるし。


とにかく俺は、学年屈指の美少女小山内が話しかける数少ない男子にして唯一の部活仲間、ってだけでもヤバいフラグが立ってんだから、美少女の転校生なんてラノベ的に上位の属性をもつ君が、そういうことを言うとな。


まるでゾンビか何かのように無表情で立ち上がる何人かの姿が見えてしまった。

あ、やっぱり新肉壁軍が結成されそうだ。


「皆様、俺くんにはひどいことはしないでくださいね。」


お嬢様は俺との関係性を暗に言ってるような言い方で容赦なくさらに俺を追い詰めてくる。

もうダメだ。躊躇してる場合じゃない。

小山内も漆黒のオーラを発して俺を睨み始めたし。

俺は若干パニック気味にお嬢様の元に近づいた。

囲んでる女子が俺をじろじろ見ながら、それでも道を開けてくれる。

俺は座ったままにこにことした笑顔を貼り付けているお嬢様の正面に立った。


「藪内さん、ちょっと待ってくれ。」

「なんでしょう?」


視線の奥にじっと俺を見つめている小山内の顔も見える。

それに勇気づけられて、しかも「絶対」とか「間違いなく」とか、そういう言葉を使ってしまわないように細心の注意を払って、宣言する。


「その、俺にはそういう気はないから。」


「あ、テル、それ言っちゃ。」


ホリーの慌てたような声が背後から聞こえたような気がしたが、後の祭りだった。



俺は、身の程知らずにも美少女転校生を告白もされていないのに振った変態セクハラ勘違いクソ男に成り下がってしまったようだ。

これ、2時間目の体育の授業の後に、俺の靴箱に突っ込まれてたノートを引きちぎったような紙に、初めて見る字体で書かれていた言葉を忠実に再現してるからな。

勘違いどころか、俺はしっかりお嬢様から結婚の話しされてるし、とか、小山内へのセクハラ疑惑と合成するなとか言いたいところだが、もはや、そういうレベルの話しじゃなくなってんだろう。


「あんた、タイミングって言葉知ってる?」


と小山内ショートメールで送ってきたのにだけは、「お前もにらんでたじゃないか。」と返したがな。


まあ唯一の救いは、その後、お嬢様がそれ以上絡んでこなかくなったことくらいか。

朝の一件で、周囲の女子から俺の悪評をお腹いっぱい吹き込まれて手を出しにくくなったようだ。

それに、いくら省三さんの命令でも、振られた形になったお嬢様が、俺にさらに仕掛けてくるのはプライドが許さないんだろう。

それだったらしばらくはお嬢様は動かないはずだ。


よ、よし、第2ラウンドは俺の勝ちだ。

…もう満身創痍だが。


それにしてもだ。

せっかくの高校生活なんだから、お嬢様も余計なことを考えずに楽しめばいいのに。

お嬢様は、本来あの城跡で会った時のように、自分の興味のあることを純粋に楽しめるやつのはずなんだ。

だから大事な青春を、省三さんたちや俺みたいな人間のために使うなよ。


昨日の小山内との話じゃないが、うちの学校は結構いい奴多いんだぜ。

俺が言うのも何だが、お嬢様ならちゃんといい恋愛ができると思うんだ。


うんやっぱり、これしかみんなが幸せになる方法はない。











  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る