第53話 最後? (4)

「一つはね。私は確かに苦しんでる。でもどうなれば私の苦しみがなくなるのかわからなかったの。

さっき言ったように、私は陽香がいなくなって欲しいとか、両親に帰ってきて欲しいとかそんなことは思っていないの。むしろ、今まで通り陽香にはもっと伸びていって欲しいし、それを応援し続ける両親であって欲しい。

でも、私の苦しみが解消されたら、きっと両親や陽香が今まで通りじゃなくなってしまう。超能力で世界を変えてしまったことで私の苦しみが消えても、私は陽香や両親の未来を変えてしまったという苦しみをまた背負うことになるんじゃないかって。」


優しく誇り高い小山内は、たとえ自分が苦しみから逃れるためであっても、家族が自分のためにが犠牲になれば、きっと自分を許せなかっただろうな。


小山内が俺を見つめる瞳に宿る光がそう言ってる。


「で、別の理由は?」

「私もだんだん世の中に苦しみってごく普通にあるものだってわかってきた。そう。知識として知ってはいた。けれど、その苦しみに苛まれる人と実際に出会って、話して、寄り添って、そうしたら、私の苦しみは、特別なものじゃないって思ったの。だから。」


だから自分の思いを押し込めて、陽香ちゃんと両親の思いを優先した時のように、目の前で苦しんでる人を優先したのか。


だったらなぜ、


「なぜ、ずるい、って言ったのか?でしょうね。あなたの聞きたいことは。」

「聞いていいいのか?」

「聞かないと、あなたは私をどう救えばいいかわからないでしょ。」


俺は答えもせず、頷きもしなかった。


「あなたはね。あなたは、あなたの超能力を使えば、人を苦しみから救えるって私に証明して見せた。」


榎本さん、春田さん、歩道橋もか。


「私はね、どうなったら私は救われるのかわからなかったけど、あなたなら超能力で私を救ってくれるって信じたの。」


そうだ。小山内は繰り返し、俺を信じてるって言い続けてくれた。


「あなたは、あのお堀で、何も知らない鳥羽先輩も見てる前で、私のために躊躇なく超能力を使ってくれた。」


あ、あれはな小山内。あれはもう忘れろ。


「なのにあなたは、逃げた。私が本当に救って欲しい苦しみから救ってくてれることもなく、あなたは私に希望だけ持たせて、1人で最後を決めて、私からも超能力からも逃げた。ずるい。

その理由を私を守るためって言った。

ずるいわよ。」


あの小山内の「ずるい」は小山内じゃない人を救ったのに小山内を救わないという妬みの「ずるい」じゃなかった。

俺への、俺の逃げへのずるいだった。

そうか。

そうだな。俺は確かにずるい。


「さあ。これで全部話したわよ。あなたは私のためにどう超能力を使ってくれるの?」


いやまだだ。今までの話でもあのざらっとした違和感は消えてない。まだ何か見落としてるところがある。


おそらく、まだ一番大事なところがまだなんだ。

どこかに、棘が残っている。

まだ小山内が語っていないところ。俺たちが、小山内自身ですら思い込んで、疑わなくなってしまっているところ。


だから俺は小山内を見据えて言った。


「まだだ。聞かせてくれ。」

「何よ。」

「おまえは何に苦しんでるんだ?」


小山内は大きく目を見開いて、ボソッと言った。


「あんたバカなの?」


だが俺は引かなかった。どうしても小山内の口から話させないといけない。だから。


「ああバカだ。だから俺にもわかるようにおまえの口で話してくれ。」


小山内に怒りの表情が現れた。


「あなた、そんなにひどい人だったのね。」

「ああ。俺は酷いやつさ。でも話してくれ。」


怒りの色を隠そうともせず、小山内は黙り込んだ。

俺もな。ひどいとは思うが、俺は必要だと思ったんだ。小山内に自分の口で語ってもらうことが。


半時間ほど俺たち2人は黙ったままだった。

やがて重苦しさにようやく小山内が口を開いた。


「わかったわ。

私が苦しんでいるのは、私が両親から一人で残して行ってもいいと思われている、どうでもいい子だと思われたこと。

でもそれだけじゃ私の苦しみは説明できないの。私が本当に苦しんでるのは、私は陽香を好きなのに、陽香も私を心から慕ってくれてるのに、私の心のどこかに陽香への嫉み、両親からずっと愛され続けて家族と一緒にいることができる陽香への嫉みがきっとあるの。だからこんなに苦しいんだわ。」


よく、よく話してくれた。小山内、ありがとう。


「小山内、おまえは、おまえの苦しみの根源が本当にそこにあると思ってるんだな。」

「…ええ。そうなの。私はきっと一番深いところで醜い人間なのよ。」

「小山内。じゃあ目を閉じて想像してみてくれ。」

「なぜ?」

「いいから。頼む。」


小山内は小さくため息をつくと、


「…もうここまで話しちゃったんだから最後まで付き合うわ。目を閉じて、何を想像すればいいの?」


そう言いって小山内は目を閉じた。

俺は静かに口にした。


「想像してみてくれ。おまえの両親が陽香ちゃんをドイツに残しておまえと一緒に住むために日本に戻ってくることを。」

「そんなこと私は望んでないわ!」

「いいから想像しろ。」


俺は小山内を見つめた。その俺の真剣な視線を受けてもう一度小山内は目を閉じた。


「おまえは、空港に両親を迎えに行くんだ。」


小山内は目を閉じて正面を見ている。


「おまえの両親は、2人とも重いトランクを転がして到着ロビーのドアから出て来る。おまえは両親を見つけて駆け寄る。妹の姿はない。」


小山内はコクリと喉を鳴らした。


「おまえの両親は、おまえに気付くとトランクに構わずおまえに駆け寄っておまえを抱きしめる。」


小山内の目尻に薄く光るものが現れる。


「その時、おまえの心にある感情は何だ?答えてくれ小山内。」

「嬉しいの。幸せなの。」

「おまえの両親はお前に言う。長い間待たせてごめんなさい。」


閉じた小山内の目から涙がいく筋も流れ落ちる。

この次小山内が発する言葉が全てを決める。


「小山内、お前の両親はお前を抱きしめながらお前に言うんだ。」


俺は小山内の反論を許さないように有無を言わせない強い口調で続ける。


「凛香、陽香よりお前の方が大事だとようやくわかった。

…小山内、この言葉を聞いた時におまえの心に浮かんだ言葉は何だ!」


小山内は泣きじゃくりながら答えた。


「陽香ごめんなさい。私が、私が、私が、あなたに追いつけていたら家族が一緒に暮らせるのに。私が悪いの。ごめんなさい。」


俺は穏やかな口調で続ける。


「小山内、おまえの中に陽香ちゃんへの感情が他に湧き上がったか?」


小山内は涙でグチャグチャになった顔を隠そうともせず、言い切った。


「いいえ。」

「だな。」

「何なのよこれ。」

「おまえにもわかっただろ。おまえを苦しめてるものの正体が。」






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