第54話 最後? (5)
「……両親が私を置いて行って苦しむのも、陽香が私の気持ちを思って苦しむのも、私が陽香に追いつけないから。」
「と、おまえが思ってるから、だ。」
小山内は一瞬言葉を失った。だが両手を堅く握り締めながら血を吐くように言葉を返す。
「でもそれが事実よ!私が陽香に追いつけないせいで、両親は私を日本において行くことになったの。だからパパもママも苦しむの。それがわかるから陽香が苦しむの。」
そう言って小山内は涙を流しながら訴えるように俺をみた。
俺は正面から小山内の視線を受け止める。
どうすれば小山内を救えるのだろう。
どうすれば小山内をこの呪縛から解き放てるのだろう。
俺は小山内を救いたいのに、救える力を持ってるはずなのに。
諦めるな。考えろ俺。
俺は必ず小山内を救うんだ。
もう一度迷路の入り口に戻る。いや、何度でもだ。
小山内の両親は小山内がギフテッドでないから、今まで通り日本で暮らすことが小山内の幸せだと考えた。
もしかすると、妹が小山内よりもずっと優秀だから、そのことで小山内が辛い思いをしないようにとも考えたのかもしれない。
小山内の幸せを願ったであろうその判断は、結果的に、両親にはまだ中学生になったばかりの小山内を日本に置いて行くという苦悩を、陽香ちゃんには自分のせいで姉が辛い思いをしてしまうという苦悩をもたらすことになった。
おそらく、ギフテッドに近い能力を持っている小山内は、それを敏感に感じ取って、全ての根源が、自分が陽香ちゃんよりも劣った能力しか持てなかったということにあると考えたのだろう。
もし小山内がまったく普通の子として生まれていたら、もとからギフテッドになんかにかなうはずがない、と割り切れて、両親と一緒にいられない事に苦しんだかもしれが、それを自分のせいだと責めることはなかっただろう。
だが、何かがそれを許さなかった。小山内はギフテッドに近い能力を持って生まれてきてしまった。
「もう少し私が能力を持っていれば。」これは起きえたかもしれない事だった。
だから、小山内は自分を責める。
酷い言い方をすると、この考えがまったく間違っているとは言えない。もし小山内が陽香ちゃんと同じくらいのギフテッドであったなら、小山内の家族が苦しむことはなかっただろう。
だが。
だが、そんなふうに考えてしまうと、小山内は救われない。
もしそんなふうに考えてしまえば、小山内の家族が苦悩から解放されるためには、小山内がギフテッドになるしかないからだ、
だが、ギフテッドはギフテッドなんだ。人の力をもってして操れるものじゃない。これが世界のことわりだ。だから、小山内が陽香ちゃんと同じだけの能力をある日突然得て、小山内が両親のもとに合流して家族の分断を解消する、そんなことは、起こり得ない。
じゃあ、世界のことわりの外の力である俺の超能力で、小山内に小山内が陽香ちゃんと同じだけの能力を発現させたらどうなるだろう。
そんな事やったことはないが、おそらく、俺の超能力を使えば可能だ。ギフテッドという、未だ人類が解き明かせていない能力の問題だから、俺の超能力が発動して小山内がその能力を得たとしても、おそらくギフテッドが現れる一つのケースとして世界には受け入れられるだろう。
だが、もし、俺が超能力を使ってそれをやれば、小山内には俺の超能力が自分にギフテッドと同じ能力を発現させた、とわかる。
人類が羨む、人を超越した能力を、小山内は俺の超能力を使って得たと小山内は知ることになるんだ。
あの日。小山内は、俺の家からの帰り道、俺にこう問いかけた。
「あなたはこれから、自分の利益だけのためにあなたの超能力を使うことはしない?」
俺にこの問い掛けをした小山内自身が、家族を救うためとはいえ、超能力を使って、ギフテッドど同じ能力を得る。
俺にそうさせてしまう。
小山内自身には回避のしようのなかった家族の分断すら、自分が原因だと責める小山内が、超能力を使って、そんな能力を得てしまったら、俺にそんな風に超能力を使わせてしまったら。
小山内は無限の苦しみのループに陥ってしまう。
だから、小山内の苦しめる根源が、小山内が今明かしたところにあるなら。
俺は超能力を使ってはいけない。
そして俺は気がついた。
小山内の苦しみを消すために家族の分断を解消しようとするなら、それを俺の超能力で成し遂げようとするなら。
それはどんな形であれ、小山内のために、小山内の両親、そして陽香ちゃんの人生を、思いを、ねじ曲げてしまう事を。
だから俺は、これを選ばなければならないんだ。
俺は目の前で泣いている小山内に、決意の言葉を伝えよう。
俺は静かに、泣いている小山内を見つめて告げた。
「小山内。俺はおまえのために超能力は使わない。」
その瞬間に小山内に現れたのは
絶望。
俺の超能力だけが自分を救うと、ずっと信じてきた小山内が最後にたどり着いた
絶望だった。
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