第52話 最後? (3)
俺は小山内の視線を正面から受け止めた。
正直どうすればいいのか、何が小山内の救いなのか俺には見当がつかなかったが、小山内との約束は嘘にできるわけはない。
だから俺の答えは決まってる。
「ああ。そうだ。」
「じゃ、あなたは、私が救いを求めてる人だと思ってるんだ。」
「そうだ。」
「でも、私は陽香がいなくなって欲しいとか、両親に帰ってきて欲しいとか、そんなことは思ってないのよ。それでも、私は救いを求めてるの?私の心が私に嘘をついてるとでも言うの?」
最後の言葉は俺をからかうような響きを含んでいる。
やっぱりそうか。
泣きながら「ずるい。」とまで言った小山内が、俺が小山内を救うと言った時には後回しにして良いと言った。
俺にはそれがなぜだかわからなかった。
だが、今の小山内の言葉でなんとなく想像が出来た。
おそらく、小山内は、自分の抱えた心の陰りに気付いている。何がそれを生み出したのかも知っている。
だが、小山内が言うとおり、小山内は、陽香ちゃんを憎む気持ちも、両親に帰ってきて欲しい気持ちもない。
だから小山内は自分が救われた状態が想像できない。
いや、想像しようとしない、なのか?
小山内は両親が小山内1人を残してドイツに旅立った時、まだ両親を必要とする自分は残されてしまったこと、なのに、その原因となった陽香ちゃんは悪意を向けるひとかけらの理由すら見出せなかったこと、自分を置いてきぼりにした両親は小山内が大好きな陽香ちゃんのためにそれをしたこと、これを同時に理解してしまったんだ。この誰も悪くないのに自分だけが苦しむという、正面から受け入れるには辛すぎる現実を、小山内は斜めに受け止めることで心を守ったんだ。
私は、捨てられたんじゃない。私は陽香ちゃんが好き。だから辛いはずがない。パパとママは私のことを思って住み慣れた日本に優しいおじいちゃんとおばあちゃんの元に残してくれたんだ。だったら私が感じてるこの痛みは心が私に嘘をついてるだけだってな。
だから小山内は、本当に自分も救いを求めていい存在なのか、人が救われるとはどういうことかを、俺が人を助けている現実を見て知りたかったのじゃなかろうか。
それが、小山内が俺に人を助けさせるということにこだわった理由じゃないのか。
ざらっ。
俺の考えがこうまとまりかけたその時。
あのざらっとした違和感が、それもはっきりと感じ取れる違和感がまた俺を襲った。
違う。
きっとそうじゃないんだ。
俺は小山内を救いたくて考え続けた。
小山内は何も言わないで俺を待つ。
窓の外で小学生くらいの男の子が何かを大声で叫んだ時。
全く唐突に、俺の心の傷となって刻まれている小山内の言葉が浮かんできた。
「小山内。」
「何かしら?俺君。」
小山内は俺に笑顔を向ける。
小山内の、いつもは俺相手に出てこない方の中の人が出てきた。
だが、俺は構わず話し続ける。
「俺がお前に初めて俺の超能力のことを話した時のことを覚えてるか?」
小山内は答えず、笑顔のままだ。
「おまえは覚えているはずだ。」
「なぜ?」
俺は答える前に小山内がつけているさくらんぼのヘアピンに目をやった。藤棚で俺に人助けをして欲しいと言った時以来、小山内がつけているのを見たのは今日が初めてだ。
俺の視線に気づいた小山内は左手で軽くヘアピンに触れた。
だが、そのまま何も言わずに俺の答えを待っている。
俺は答えずに、質問を変える。
「おまえ、入学式の日に俺に何て言ったか覚えてるよな。」
「何があり得ないのか知らないけど、どう?あんたヒーローになれた?」
すらすらと答える小山内。
「もう一度聞く。小学生の時、俺がお前に初めて俺の超能力のことを話した時のことを覚えてるな。」
「…俺君が絶対起こるって宣言したことは絶対起こらないんだったら、いつかヒーローになれるじゃない?」
さっきから小山内浮かべている笑顔は、全く動かない。まるで笑顔の仮面をつけているようだ。
普通では考えられないほどの、記憶力。
やっぱりそうだったんだな。
「おまえも、ある意味でギフテッドだったんだな。ただ、おまえの妹さんはおまえのはるか上を行くギフテッドだった。
だから、お前は、妹さんがおそろしい才能を持っていることに気づいていた。そして、おまえ達姉妹の能力に気づいていなかった両親が、妹さんの才能に気づいた時、おまえは妹さんの才能を伸ばすことが正しいことだと理解してしまったんだ。小学5年生なのにな。しかし、小学5年生のおまえがギフテッドの意味を理解することの異常性に、おまえの両親は気づかなかった。単にしっかり者のお姉ちゃんだとしか思わなかったんだ。」
さっき小山内自身が言ってたじゃないか。
小山内はわずか4、5歳で1、2歳の子でも見分けがつくような動物の絵が描けた。その時陽香ちゃんの発した、小山内が初めて聞く言葉を一回聞いただけで覚えた。
8歳の時には大学の先生が大人である小山内の両親に話した内容を半分も理解できた。
俺にも心あたりがいっぱいある。
例えば入部テストの時。俺に渡してくれたあれだけの資料をあっという間に作り上げた。それどころか、小山内も高校に入学したばかりなのに、俺と問答した内容が、その内容が高校で勉強する内容だと知ってた。
例えば春田さんの事件の時。俺の、すでに俺が全てを知っているように見せかけるというやり方が危険だと即時に理解した。
だから、小学生でいながら小山内は理解してしまったんだ。
そこには自分に向けられた悪意なんて全く存在しないもないことも、その選択が家族にとって最上であることも、そして、自分がそれを受け入れなければならないことも。
だが、世のことわりに従ったその結論は、自分が求めるものではないことを、自分の存在も、気持ちも誰にも気づいてもらえることのない終わりのない孤独の中を生きていくことになることをも同時に理解してしまったんだろう。
だから、小山内は求め続けた。
世界の摂理から外れた、自分を苦しみの底から救ってくれる存在を。
「ヒーロー」を。
俺は小山内に俺の考えていることをわかってもらうように、口に出しながら、こう考えをまとめていった。
小山内は、そうだとも、違うとも言わない。
いつものように「あんたバカなの?」ともな。
ただ仮面のような笑顔を一筋涙が流れていっただけだ。
俺は、まだ続ける。
小山内は、俺が自分を救う「ヒーロー」かもしれない、と思った。
俺が口にしただけで世界が変わってしまうなら、小山内を苦しめる世界のことわりも変えてしまえるかからな。
だが、同時に俺がそのことに気がつけば、俺は世界を思い通りに、人々の思いを踏みにじる悪にもなれることにもわかった。
そうか。小学生の時にあんな言い方をしたのは、助けて欲しいという切望と、俺が超能力を自分の身勝手な欲望のために使う恐れの間で出てきた言葉だったからか。ヒーローという言葉を使ったのは、俺に助けて欲しい、でも超能力の使い方を知ったせいで俺が超能力の使い方を知り、悪になってしまわないように縛るために。
「おまえ、凄い奴だったんだな。」
心の底からそう思った。
小山内は仮面の笑顔を僅かに崩して、フフと笑った。
うん地が出てきた。いいぞ。
「高校で俺と再会したおまえは、自分を救ってくれと言っていい相手なのかどうか、確かめようとした。」
「そう。」
「でも、俺は中学生の時に心が折れてた。」
「そう。あなたは私のことをある意味でギフテッドって呼んでいたけど、正しい言い方だと思うわ。
私は陽香のように、ずっと先までのことを見通したり、あらゆる要素を考えに入れたりすることまではできないの。だから、きっとあなたは中学生の時もそれなりに超能力使って人助けしてるんだろうなって単純に思ってたの。それがあなたの心に傷を負わせるってことも思いつかずにね。」
小山内はそういうと、目を伏せて、小さく「ごめんね。」と呟いた。
「聞かせて欲しい。おまえは、なんで最初に私を助けてくれって言わなかったんだ?」
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