第19話 入部テスト (1)

んで翌日。


お待たせしました。


何のことかといえば俺がやり遂げたってお話しだ。


昨日、高校生活で最も恥ずかしい日(予定)を過ごした俺は、それにもめげず、小山内から貰った資料を読み込んで、俺なりに問題に答えて、答え合わせして、を繰り返した。

深夜を十分にすぎたあたりで、ようやくなんとか形になった気がする。

母さんおにぎり2個ありがとう。


そんで、出来るだけ寝て、朝を迎えた。

な、やり遂げただろ?


それから、朝の授業は、なんとか周りのチクチクとした視線にも睡魔にも勝って、昼飯食って、午後の授業は睡魔には完敗してる間に掃除まで終わった。


ちなみに決戦の時が近づくにつれ、みんなの緊張感がどんどん上がっていって、午後の授業はピリピリしてたから、俺が寝てても教師は気付かなかった。ありがとよ。


小山内が、朝のホームルーム前に、掃除が終わってから入部希望の人は教室に集まって、って言ってたから、掃除が終わって教室に戻ると、見慣れない奴が結構いる。

制服の胸ポケットの折り返し?のところについてる学年章をみると、2年生もいるし。

まだ、入学して、2週間経ってないんだぞ。小山内、お前って奴は。


最終的には、教室の机はあらかた埋まってしまった。

その場にいる奴のザワザワがだんだんひどくなって、その中のいくつかが、自分の席に座ってる俺への、いつ始まるんだ、という問いかけになった頃、小山内がコピー用紙の束を抱えて教室に入ってきた。


すごい量だぞ。


手伝おうかという何人かの声を笑顔で断りながら、「よっ」っていうなんかかわいい掛け声を掛けて教卓に置いて


「部員の俺君、手伝ってくれる?」


わざわざ俺を部員と肩書きつきで呼び出す必要あるか?

とはいえ、たしかに部員だから、俺は素直に手伝いに行った。


そんで、俺は小山内の指示通りに問題を伏せてみんなの机に配り始めた。

最初に配った青木には、敵意ってのはこういうものなのか、と感心する程の敵意の籠った視線を向けられたものの、その後は、どっちかっていえば淡々と受け取るやつが多かった。ごく少数のお前誰?って感じの顔を向けてくるのもいたけど、まあ俺の方も、お前誰?って顔して配ったからお互い様な。


「今配った問題用紙に答えを書き込んで行ってくださいね。時間は60分。私の趣味に走っちゃったので難しい問題になっちゃいました。でも、有意義な部活にしたいので。だから頑張ってくださいね!」


なんだよその、俺向けとは正反対の、すっげー頑張りたくなる言い方は。鼻の下伸ばした男子と、きゃーっとで言いそうに口元で両手を握ってる女子が、その辺でキラキラしたお目々でお前を見つめてるぞ。やる気を出させてどうする?


そんな注目のなか、小山内は説明を一旦やめて、こっちに近づいてきた。何だ何だ?

俺の横で立ち止まった小山内は、少し声のトーンを上げて、


「聞いてる人もいると思いますが、今回の入部試験は公平のためにします。なので、合格点は、現部員の俺君の点数とします。つまり、俺君の点数以上をとった人が合格ってことね。」


そんで小山内は俺の肩に手を乗せた。


「この男子生徒が俺君です。」


教室中の視線を浴びた俺はただただ驚いた。聞いてないぞ、そんなこと。そんな重要な役目をさせるんだったらあらかじめ言っておけよ。そうしたら。


と思った俺だったけど、俺この2日間必死で頑張ったんだった。小山内の信頼に応えるため?そうかもしれないし、俺の安全のためかもしれない。その両方ってのが居心地のいい落とし所だ。とにかく、予め言われてたとしても、やることは同じ。むしろ言われてたら余計なこと考えてしまったかもな。

とにかく俺が言えることはたった一つ!


「ああ、任せとけ。寝ないように頑張るから。」


俺は小山内に聞こえるか聞こえないくらいの声で請け負った。小山内に速攻で蹴られたから、多分、聞こえただろう。

大丈夫だ。睡眠不足で寝落ちさえしなきゃ、小山内の期待に添えるはずだ。

小山内のくれた資料と問題文、たった2日でも理解できて正解できるように、メモとかマーカーとか手書きの解説がいっぱいだったからな。


小山内は教師よろしく教卓の前に立って、教室の壁にかかってる時計を見上げた。


緊張。しんと静まり返った教室に運動場からの運動部の出す声が微かに響く。


「はじめてください。」


はじめの掛け声の最後の方は、問題用紙を表返す紙の音で遮られた。


そこここから聞こえる息遣い。

混じる溜息。

カチカチなるシャーペンの音。

また聞こえるため息。

消しゴムのカスを払う手の立てるシュっという音


そんな無音の音が満ちた教室。


やがて俺は没頭していった。



「そこまで。」


俺が2度目の見直しをしていると、落ち着いた小山内の声が響いた。


異様な、どよめきのような、声にならないうめき声がみんなの口から漏れ、やがて言葉になって教室を覆った。


「マジか?」

「全然わかんない。」

「これ、わかるやついるの?」


聞こえてくる言葉は、全て問題の難しさを言うものだ。


「大丈夫。こんなの解ける奴なんていない。だから合格点低いよ。」


それは期待か?諦めか?


とは言え、俺も小山内が資料と問題を予め用意してくれてなければおんなじ反応になったことは間違いない。

もっとも小山内と変なご縁が出来てなきゃそもそもこの場にいなかっただろうが。


どよめきが収まるのを待って、小山内は再び教卓の前に立って、凛とした空気を纏って静かに説明を始めた。

あいつ、姿勢はいいよな。


「今から採点の方法を説明します。問題文の中に書いておいたように、穴埋め問題と選択肢の問題で80点あります。記述式が残り20点。この記述式の問題は歴史の先生にお願いして採点していただきます。ただし、全員ではありません。」


ええーつという声がいくつか湧いたが、小山内は構わずに教室の一人一人の顔を見ながら説明を続けた。


「予め、全ての問題を先生に見ていただいて、穴埋めと選択式の問題の答えを書いていただいてます。その点数に20点を足しても、俺君の穴埋めと選択式だけの点にたりない人は、不合格が確定しますのでその方の分は省略させてください。本来の顧問の先生じゃない先生に採点をお願いしたので、あまりご迷惑をおかけできないのです。ごめんなさい。」


そう言って小山内は、深く頭を下げた。

俺は初めて聞いたその説明にすっごく驚いてた。

もちろん、全員を採点しないってこともそうだけど、それより、説明の中に「本来の顧問の先生じゃない先生」とか、「ご迷惑をおかけできない」とか「ごめんなさい。」という言葉を畳み掛けるように散りばめて、それが全部、みんなが我をはれば小山内に迷惑がかかる、ということを暗に示したことだ。

これだけ言われても、その意味に気づかずにまだこだわるやつは、周りのやつに止められるだろう。


恐るべし諸葛凛!


きっと変な採点方法にも、何か仕掛けがあるんだろう。








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