第14話 廻り道 (2)

まあ、人目がある中で、特に小山内の目がある中で


「今から2時間ほど晴れる、間違いない!」


なんてやれるわけもなく、俺は平気な顔をするように努力して、荷物をまとめてから教室を出た。掃除終わったら速攻で消えないといけないからな。準備は抜かりなく。



掃除が終わって、指定通りにすぐに図書館の陰にある藤棚に行ったけど、何故かまだ小山内は来てなかった。


あれ?

場所間違ったか?

でも昨日の場所って、ああ?

まさか昨日の待ち合わせ場所の職員室前の方だったか?!


俺が教室を出たときには小山内の鞄が消えてたから、あいつが先に出たのは間違いない。

ややこしい言い方するなよな。


俺はあと3分待って小山内が現れなかったら、職員室前に移動しようと思って図書館の前の通路を睨んで待ってた。


すると、背後から低い恐い声で、


「あんたまさか真っ直ぐここに来たんじゃないでしょうね。」


っっっわあぁぁ!


小山内が腰に手を当てて低い姿勢から睨み上げんでた。心臓のバクバクが止まらん。

吊り橋効果とかそんな可愛いもんじゃないぞ。

まマジでバックンバックンて音が聴こえるんだ。


「脅かすなよ!」


明らかに甲高いうわずった声で俺は抗議したけど、小山内は意に介さず俺の横に並んで図書館の柱の方を睨んだ。この学校、図書館の入り口にギリシャ建築みたいな柱が立ってて、テラスみたいになってベンチも設置されてる。ホームページの志望者向け学校案内にも載ってた当校自慢の場所らしい。ここよりずっと陽当たり良いし、この季節、藤棚がまだ人気ないのが良くわかる。


「あれ、青木君よね。」

「えっ?」


たしかに柱の陰に誰かいる。さっき肉壁を作って絡んできた青木だ。

あいつ。

俺は小山内が来ないか見張るためにそっちの方を見てたが、堂々とやってくる小山内の姿を想定してたから、こそこそ覗いてる奴がいることに気が付かなかった。


「私がせっかく遠回りして、入部希望の子とか、あんたに騙されてるから行っちゃダメって言ってきた子を撒いてきたのに、あんたって、ほんとバカなのね。」


あー、俺に騙されてるとか言ったのは、おそらく俺にわかりやすく「死ね」って信号送ってきたあいつだろうな、ええと確か名前は河合さん。


「仕方ないわ、近寄ってきたら追い払いましょ。」


青木、おまえには可能性がないみたいだぞ。


とりあえず、小山内に促されて俺たちは昨日と同じように、間隔を空けた横並びでベンチに座った。


「昨日は悪かったわ。ごめんなさい。」


いきなり小山内は俺の方に向き直り頭を下げた。

俺はあっけに取られた。

予想外すぎるだろ、この展開。

一呼吸置いて。


「あんた何も言わなかったけど、あんたのあの言葉の意味を家に帰ってから考えたのよ。」


小山内はいつもの如く、俺の目をまっすぐに見て話した。


「そうよね。あなたの超能力は、誰かを助けようとするなら、その助けを求める人に、おまえは助からない、と宣言することで成り立つのよね。あの歩道橋にいた子供達に叫んだみたいに。人を助けたいって思ってるのに、そう思えば思うほど、その正反対の言葉を投げつけなくちゃならない。救いたい想いが強いほど、その人を強く傷つけなくちゃならない。あなたはきっと苦しんできたはず。それなのに、私の思いだけを、卑怯な形で押し付けようとして、ごめんなさい。」


小山内はそういうと、もう一度深く頭を下げた。


俺は頭を下げ続ける小山内をじっと見て。

涙が頬を伝うのがわかった。


あれ?

あれ?

俺2日続きで泣いてるの?

ダッせー。


胸に浮かんできた言葉とは裏腹に、俺の涙は止まらない。


そうか、

今まで誰にもわかってもらえなかったことを、今、目の前にいる人が言葉にしてくれたんだ。


嗚咽が喉を次々とついてゆく。

涙はぐちゃぐちゃになった目を滴り落ちる。


そうか、

わかってくれる奴がいなかったから、こんなに苦しかったのか。


小山内は俺の横に座ったまま、少し頭を上げて、だが俺に視線を向けず、地面に落ちた枯葉に視線を向け、俺が泣き止むのをじっと待っててくれた。



何年もの間堰き止められていた感情の大波が去って、ようやく少し落ち着いた俺は、小山内にやっと意識が向いた。

小山内の産毛が生えてる小ぶりな耳の上には記憶の通りのさくらんぼのヘアピン。


ありがとよ小山内。みっともない姿を見ないでくれて。


俺が涙を拭ったのに気付いたんだろう。両手を拳に握った小山内は顔をあげて俺を見た。

その瞳には強い決意と感情が宿ってるのに俺は気付いた。


「俺君。でも、それでも私の考えは変わらない。あなたの超能力はギフトなの。あなたは人を救う力を持ってる。だから助けて欲しいの。私は何があってもあなたを信じる。もしあなたが、全世界の人の不幸を口にして、全世界の人があなたを非難しても、私はあなたが、決して不幸を願ってるんじゃないことを信じる。だからお願い。」


なんでこいつはここまで言うんだろうな。

全世界とか、高校生にもなって口にしていい言葉じゃないぞ。


でも心地いい。

それよりも、信じてもらえること。

たとえ俺が、再び嘘つき君と呼ばれることになっても、俺を信じてくれる人がいること。

それを俺が信じられること。


結局、大事なことってこれだよな。

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