第13話 廻り道 (1)
小山内は藤棚のベンチから立ち去っていく俺を止めなかった。
たぶん、小山内は俺の心の内の何分の一も理解はしてなかっただろうし、俺が口にしたのは、結局「だから、俺を巻き込むな」って言葉だけだったけど、でも、あの小山内の強い瞳には俺の何かが映ってたんだろう。
気がついたら俺は制服のズボンがぐちゃぐちゃになるくらい握りしめてて、たぶん泣いてたからな。
クラスのかわいい女の子の前でなんて醜態だよ。
でも、お陰でなんかスッキリはした。
結局俺は、その後そのまま教室に戻り、帰った。
部活訪問のことなんかすっかり忘れてな。
そんで今に至る。
今ってのは醜態晒した次の日の帰りのホームルームな。
まずい。
昨日、小山内に振り回されたおかげで、どの部活に入るか決めてなかった。
朝からホリーと伊賀が何か言ってたけど、昨日のことで部活の話をあんまり聞きたくなかったこともあって、期限のことを思いつかなかった。
もちろんこの期限を超えても、この英堂館高校では入りたい部活があったらいつでも、いくつでも入れる。問題は、新入生は必ず一つは文化系の部活に入れ、という指示の期限の方だ。これ破ったらどうなるんだろ。
でも、とりあえず中世研究会?に名前が載ってるので怒られたりはしないか?
でもせっかくだから、何かやりたい部活を早く見つけないと、遅くなれば遅くなるだけ気が引けて入りにくくなりそうだ。
担任の今井先生は、列の後ろから順送りに入部する部活を書いた紙を前に送るように指示した。
ええい、仕方ない。とりあえず昨日あれだけ俺を酷い目に合わせた借りを返してもらうだけだ、と割り切って、俺は「中世研究会」って書き込んだ。
「へぇ、そんな研究会あったんだね。一覧表にあったかな?」
後ろから紙を渡すついでの俺の手元を見たホリーが声をかけてきた。
ちなみにホリーの紙には「茶道部」と書いてある。
イケメンでモノマネ爆笑王で茶道部?
ホリー、おまえのアイデンティティはどこを目指してるんだ?
「やっぱり無いね。テルが作ったの?」
ホリーが見てるのはオリエンテーションの時に配られた部活紹介が書かれた冊子だ。
「俺にはそんな意欲も趣味もないって。小山内だよ。あいつが作った。」
教室内がザワっとなった。部活話でザワザワしてたんだけどそれとは明らかに異質。なんてのかな、ザワつきが一瞬で収まる方向のザワって言えばわかるか?
でも呑気な俺は、それは小山内に向けられたもので、俺に関係するとは全然思ってなかった。
だってな、俺は小山内研究会とはもう縁が切れたと思ってたからな。
だいたい昨日の小山内の様子からして、もともと中世を研究したいとか、当の小山内ですら考えてないみたいだったしな。
帰りのホームルームが終わった後、早速どこか入りたくなるような部活を探そうと思った俺は、後ろを向いて、ホリーにさっきの冊子を貸してくれと頼んだ。
あ、俺の冊子?当然忘れてきたよ、という会話をしてると、なぜか教室のざわめきの音が遮られたみたいに低くなった。ホリーが俺の後ろを見上げる。
ん?
なんかクラスの男子の皆様が、俺の周りに肉壁を作ってる。
おいおい。あまりにテンプレすぎるだろう。ラノベか何かをマニュアルにでもしてるのか?
んで、これもいかにもラノベに出てきそうな、いかにも悔しそうな顔をした分厚い眼鏡の顎細君、なんて言ったっけ、青木君が口火を切った。
「堀君。時間あるよね。ちょっと話がある。」
失礼な奴だな。俺には暇があると決めつけて。
「何が聞きたいかはわかってるよな。」
と言ったのは、卓球部に入ると言ってた、ちょっとガタイのいい佐村君。
おまえは、部活行かないとダメだろ。
怒った顔、情けなさそうな顔、背の高いの低いの、太ったの痩せたの、いろんなやつが皆な満遍なくいちいち頷いてる。
このクラス団結力強そうだな。皆さん、忘れてるようですが、掃除もその団結力でさっさと済ましたらどうでしょうかね。
肉壁の中には視線を行ったり来たりさせてるのもいた。
その視線の先には、予想通り小山内。
小山内も女子に囲まれてる。
でもこっちと違って殺気だってないぞ。
一部を除いて。
その殺気立ってる奴はこっちに視線を送って、俺が見てるのに気付くと、口の動きで、
ああ、「死ね」ですか。そうですか。何度もやらなくていいから。
はーーーっ
どうしたもんかね、これ。
俺の失言?
俺は事実を言っただけだぞ。
まあ、こうなるかもしれないって考えるべきだったのかもしれないけど、小山内って言葉にここまで敏感になってるなんて予想できるか?
俺が囲まれてるのを見て近寄ってきた伊賀が
「朝から小山内さんどこに入るんだろ、俺も行きたいって話題になってたからね。」
と解説してくれた。ホリーも頷いてる。
伊賀はその立ち位置なのか?
肉壁の外にいることと、解説キャラになることの2つの立ち位置の疑問を1つにまとめて目力でぶつけてやった。
もちろん通じなかったけどな。
「ちょっと俺君いいかな?部活のことで話があるんだけど。」
身動き取れなくなりそうになってた俺を、綺麗な声でモーゼよろしく肉壁を割って助けてくれたのは小山内自身だった。
「あんた何してくれるのよ、バカなの?」
と目力でぶつけてきたけど、普通の笑顔と違ってるのが眉と口角の微妙な角度の差だけなんで、その危険な目力信号に気付いた奴は俺以外になさそうだ。
「男子の皆さんから先に呼び出しがあるんだが。」
もちろん、俺以外の奴には、男女問わず小山内の中の人の感じのいい人の方が対応するので、小山内は、「しっしっ、ハウス!」とは言わず、
「そうなの、ちょっと早く相談したいことがあったんだけど、どうしよう。」
ってやった。
もちろん肉壁男子には優先順位を主張できる奴なんて一人もいやしないから、俺をひと睨み…レベル5からレベル50くらいなのが入り混じったひと睨みをくれて解放してくれた。
よっ!さすが美少女!
でも小山内は、俺の感謝の視線に例のずっしりとした視線で返して、いつもより低い声で俺に命じた。
「昨日のところで待ってるから、掃除が終わったらすぐにきてね。」
それだけ言い捨てて、小山内は俺の返事を待つことなく、さっさと自分の席に戻って鞄に荷物を入れ始めた。
これかなり怒ってるな。
しょうがない。昨日のところって、藤棚のところだよな。
…雨降ってくれないかな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます