第8話 それなりに始まった普通の日々 (4)
クレーン車が交差点を塞いで停まったせいで、車の流れが止まり、静寂が訪れた。
「子供達を見に行ってあげないと。」
小山内はへたり込んで表情のないまま呟いた。だが体は動かない。
俺は、子供達に恐ろしい呪いの言葉を吐いた絶叫の後、その絶叫で事態に気づいた大人達に刺すようなな視線を浴びせられていた。
でも小山内の言葉に反応して無意識に手を差し伸べようとした。
その手を取ろうとした小山内は、手を止め、突如表情を取り戻し、非難と怒りと安堵とそのほか言葉で言い表せない感情が入り混じった目で俺を見た。
だが、その感情は一瞬で消え後には戸惑いの色だけが残った。
「これが俺君の超能力の結果なの?」
俺の長年のかかっても解けない疑問を簡単に尋ねてくれてありがとう。
俺は歩道橋に目を向けながら答えた。
「さあな。」
「さあなって。なにそれ。ふざけてるの?」
まあ、そう言うだろうな。
「さあなはさあなだ。」
俺は盛大なため息をついて、小山内の目を正面から見て答えた。
「もし、あの運転手がなぜ事故が起こらなかったのかと聞かれたら、たぶん、『スマホに気を取られたせいで、もともと曲がるつもりだった交差点を行き過ぎかけたんで、慌ててブレーキをかけて曲がろうとしただけだ、何かあったのか?』と答えるんじゃないか?そこには超能力の『ち』の字も出てこないぜ。」
「それって。」
「お前には俺の超能力のことを話したことがあったな。覚えているか?
俺の超能力は、俺が、絶対起こる「間違いない」って意味の言葉をつけて宣言したことが絶対起こらないって能力だって。
それはお前が今体験したことそのまんまだ。
俺が絶対起こるって言ったことはなぜか、とても合理的に筋の通った形で起こらない。
だから、もとから起こらないはずのことが起こらなかっただけ、って解釈もできる。」
俺はクレーンを引っ込めたクレーン車が右折して走り去っていくのを見送って、小山内に視線を戻した。
小山内の顔には戸惑いを追い払って驚きが広がっていた。
「でも、俺はそれを超能力と解釈した。誰でも避けがたい、と思った未来が、俺が絶対起こるって宣言した時だけ起こらないんだ。
これを超能力って言っちゃまずかったか?」
あたりが夜に沈み始め、街灯が照らし始めた小山内の顔はもう滑稽なくらいに色々な感情が噴き出しつつあった。なんとなく、そうなんとなく、それが何かの形を取ったら、何か取り返しがつかない気がした。
なので、俺は親切に教えてやった。
「子供達を見に行くんじゃないのか?」
小山内はハッとして歩道橋を見上げ、立ち上がってスカートについた汚れを払った。
もちろん、「手ぐらい貸しなさいよ。」ってぶつぶつ言うのも忘れてない。分かりやすい奴だな。
小学生のチビ達は漏れなくチビってた。座布団1枚だろ?
1人はでっかい方も漏らしてたんで、小山内は連絡先を聞いて親に電話をかけて迎えにくるように伝えてやってた。
「小さい子には優しいんだな、お前。」
て言ったら、マグマも瞬間冷凍できるくらいの視線を送られた。こっわーい。
結局いろいろ有耶無耶になって、その日は終わった。
こうして俺は小学生が何人も無惨な姿になる事故に遭遇することもなく、超能力とも縁を切れなかったという、俺にとっては、それなりで普通の日々を高校でも生きていくことになった。
寝る前に、一つ言い方を間違ってれば人体実験部を消し去ってかもしれないことに気付いてゾッとした以外はな。
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