第7話 それなりに始まった普通の日々 (3)

もちろん俺はヘタレだ。

学校中から嘘つき君と呼ばれて縮こまってたくらいだからな。

それに学校でぶちまけられるよりずっとマシだ。

俺の弱みを握ってるやつを怒らせたら3日目で高校生活嘘つき君デビューだ。


指示通りにカフェを探す。

入試も通学も電車なんで、こっち方面は初めてだ。

そんなやつが多いみたいで、校門を出て大通り方面に行くのは自転車に乗ってるのがほとんどだ。


大通りに出て、指示通りに曲がって、幾つか交差点を超えた。

同じ学校の制服をほとんど見なくなったあたりで、ようやく指定されたカフェを見つけた。

ちょっと古風な三角屋根の可愛らしいお店だ。

テンプレ通り入口はガラスのはめられた、歳月を感じさせる木のドアで、開けたらカランカランと鳴った。

中はカウンターとテーブルがいくつか。


お客はわずかで、制服姿は1人だけ。入口はとは反対方向を向いてテーブルについている。

制服よりも黒髪ストレートのロングヘアで俺には見分けがついたけどな。


俺は近づいて、できるだけ軽く聞こえるように言った。


「お待たせ。待った?」


小山内は無言で俺の顔を睨みあげ、ブスッとした顔で言った。


「終わったらすぐ来るようにって書いてあったでしょ。」


なんかニュアンスが違う気がする。


「いいから座りなさいよ。店員さんが困るから。」

「へーい。」


小山内はもう一回睨んだけど何も言わなかった。

俺は、小山内の指示通りテーブルの対面に腰掛け、小山内の前には半分くらいに減った水しかないことに気がついた。


「私はカフェオレ。」


これ俺がまとめて注文するパターン?なんか高校生っぽくないか?

それはともかく、俺はまだ子供舌だからコーヒーの苦いのは苦手なんだよね。どうしよう。メニュー見ようかな?


「あんた子供っぽいからコーヒー系頼まなくてもいいわよ。」


余計なお世話だよ。

でも、店員さんが近寄ってきたので、メニューは諦めてカフェオレ2つを頼んだ。

いや、これは大事なことじゃない。


「で、俺はなんで呼び出されたんだよ?」

「だから、昨日聞きそびれたことよ。あんたは本当に超能力使えるの?まだ使えるの?」


え?それを聞きたくて呼ばれたのか?嘘つき君をネタに使い走りにするためじゃなくて?

校舎をホラー映画ばりに追いかけて、わざわざ人目につかないようなカフェにまで呼び出して、聞きたかったことはそれなのか?

というか、高校生にもなって、小学生が口走ったこと信じてるのか?


それでも俺は答えに困った。

あの宣言で俺は超能力を失った筈だ。

でもそれを伝えるってことは、それまで俺が超能力を使えたってことになる。


「俺は、超能力を使えない。」


俺はそう答えた。

嘘はついていない。俺は超能力を使えないんだ。

なんだか無性に喉が渇く。

小山内は何も言わず俺を見つめた。なんだろうこの目に宿ってる感情は。


出すタイミングをはかってたのか、しばらく無言でいた俺たちのところに店員さんがカフェオレを持ってきた。ありがたい。


俺は何も言わずに砂糖を入れスプーンでかき混ぜて一口飲んだ。


「あんたモテないわね。」

「なんでお前にそんなこと言われなきゃいけないんだよ。」

「お前言うな。」


小山内はそう言うと大きく、ふーっ、と息を吐き出した。


「そうよね。小学生が口にした、荒唐無稽な話を信じる方がどうかしてる。」


小山内は力のこもらない声でそう言ってカフェオレを一口飲んだ。

俺の胸に鋭い痛みが走った。

でも口から出たのは、


「そうだよ。」


の一言だけだった。


しばらくの無言の後、もう一口カフェオレを口にした小山内は俺から視線を外し、窓に視線をやった。


その時俺は、もう窓の外が夕方の紅い光に変わっていることに気づいた。

いや、小山内の顔が夕陽に照らされて紅く染まったから、夕方になってたことに気づいたんだ。

眩しげな小山内の顔に浮かんだ表情は、何を物語っているのだろう。俺には読み取れない何かがある気がして、何も言えなかった。


そのあと、俺と小山内との間で小学生時代の話が盛り上がるわけもなく、なんとなく無言でカフェオレがなくなるまで時間を潰す格好になった。


「帰るか。」

「そうね。」


罪悪感が残っていた俺は伝票を取り、2人分を払ってカフェを出た。



カフェを出た俺たちは、大通りを学校の方に向けて歩き出した。おそらく小山内も電車通学なんだろう。夕陽はもう盛りを過ぎ大通りを走る車も何かに急かされるように横を絶え間なく通り過ぎてゆく。


大通りを横断する歩道橋がかけられた交差点を過ぎたあたりで、小山内が何かに気づいたように呟いた。


「あの車、何か変じゃない?」


俺は、ずっと前の方を目をすがめて見ている小山内の視線の先を追った。夕陽の逆光の中、こちらに向かってくる車線を走る、異常に縦に長いシルエット。

あれは、…クレーン車だ。

でも何かおかしい。逆光のせいでよく見えないけどクレーンが伸びてるみたいだ。

ビルの横を通った時、クレーンの先がビルの3階近くまで伸びてるのがわかった。あれだけ伸びてたら大通りに入る前に電線に引っかかるはずだから、走行中に誤作動か何かで伸びてしまったのだろう。


「クレーン車みたいだな。ただクレーンが伸びてるように見える。」

「大丈夫なのかしら?」

「減速する様子もないから、運転手は気付いてないのかもしれない。けど赤信号になって停まったら、周りの誰かが教えるんじゃないか?」


俺は、俺たちが曲がるはずの交差点の信号からこっちの信号が全部赤色なのを見てそう言った。


俺の予想通り、クレーン車は減速を始めた。ところが赤信号で停まってる車列まであと少しというところで信号が青になった。

車列が動き出し、一旦減速したクレーン車がまた加速しだした。

それどころか、その信号に連動して一斉に全ての交差点の信号青に変わっている。


小山内は突然ふりかえって叫んだ。


「ダメ、危ない!」


俺はその叫びを発した小山内の視線を追って、小山内が何に気づいたのか理解した。


クレーン車がこのまま走ってきたら、さっき通りすぎた交差点にかかってる歩道橋に伸びたクレーンが激突する!


小山内はもう一度叫んだ。


「ダメ!そこから逃げて!」


俺はその叫びで、夕陽を反射している歩道橋の上で、小学生らしい子供達がふざけ合っていることに気がついた。

まずい。このままクレーン車が突っ込んできたら、ちょうどあの子供達のあたりを直撃してしまう。


「すぐに歩道橋から降りて逃げろ!危ない!」

「逃げて!こっち見て!」


俺はふりかえってクレーン車までの距離を見た。もう5〜600メートルというところか。余裕はない。

もう一度叫ぶ。

「逃げろ、クレーン車が突っ込んでくる!」


しかし大通りを速度を出して行き交う車の騒音のせいか、子供達が俺たちの声に気づいた様子はない。

まずい。


小山内は歩道橋の方に走り始めた。俺も追いながら怒鳴る。


「おい!こっち見ろ!すぐに逃げろ!歩道橋から降りろ!」


目立つように腕を突き出して振り回す。

小山内が駆けながら叫ぶ。


「逃げて!こっち見てバカー!」


ダメだ。小学生たちはふざけ合うのに夢中で全く気付く気配がない。


振り返るともう300メートルを切るかきらないか。クレーン車の後ろの車がパッシングしているのが見えるが、ダメだ。止まらない。


ようやく運転手の顔が見える。俺は運転手に向けて気がつくように大きく腕を振って、そのまま腕を交差させてx字を作る。

運転手は、…スマホかなんかを見てて視線がそれてる?!


歩道橋は?


近づいた小山内の全力をかけた叫び声が届いた!

小学生がこっちを見て、動きを止めた。


「早く逃げろ!逃げろ!!!」


俺の怒鳴り声も聞こえてる筈だ。だが動かない。動けないんだ。子供達に一直線にクレーンが突っ込んでくる。パニックと恐怖で動けないんだ。


あと100メートル。残されてるのはたぶん数秒だ。

歩道橋の交差点の信号は青のまま。

交差点をスピードに乗った車がどんどん通過していく。運転手は気づかない。減速する様子もない。もう止める方法はない。


ダメだ。

やっぱりダメだった。

くそ。くそっ。


そして


俺はあらん限りの力で絶叫した。


「この交差点でクレーン車が歩道橋に突っ込む!絶対だ!!その事故に巻き込まれて子供達が死傷する!間違いない!!!」


俺が叫び終わり、クレーンが歩道橋に突き刺さろうとしたその時。


ギギー!!!


激しい車体が軋むほどの音を立てて、クレーン車は急ブレーキをかけ、交差点を右折しようとして、頭を右に振った。バランスを崩したクレーン車は、振り回されたクレーンで歩道橋の外壁を削りそうになりながらなんとか立て直し、交差点の真ん中に停止した。


パッシングしていた車は、大事故を予想していたのだろう。かなり手前で停止して難を逃れていた。


「あ、ああ。」


小山内は全ての表情が抜け落ちた顔でその場に尻餅をついた。


俺は、そう俺も、呆然としてたんだ。


















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