第6話 それなりに始まった普通の日々 (2)
いや、仮に睨まれたとしてもだ。
自然にクラスの中心になって、クラス中の男子がちらちら見てるような女の子の下の名前を入学2日目で早速覚えてるとか、いくら思春期でも恥ずかしすぎるだろ。
「ふーん。」
ホリーは特に気にすることもなくプチトマトを口に入れながら話を続けた。小山内が睨んだのには気付いてなかった、というより、睨んだと思ったのは俺の気のせいか?
「小山内さんて、あれだよね、なんか同級生っていう感じじゃなくて、大人の高校生みたいな感じだよね。」
「うん、ホリーの言いたいことわかるが、それ、誤解を生む表現なので気をつけな。本人にもそういう言い方しちゃダメだからな。」
「なんで?褒めてるつもりなんだけど?」
ほんとに、この残念系イケメンは何を言い出すんだか。
まあ、俺もそう思うんだけど、言い方ってものがあるだろう。
幸いホリーの方のヤバめな発言は小山内の耳には届かなかったらしく、あいつは横に座った女子に顔を向けて笑顔で卵焼きを口に運んでる。窓から差し込んだ太陽の光で頬が輝いてて、昔のことがなかったら俺も見惚れてしまいそうだ。
こっちの話題変えた方がいいな。俺は小山内から視線をホリーに戻して、ミートボールを飲み込んでから、さっきのテストの話題を振った。不自然じゃないだろ?
「ところでさ、さっきのテストでわからんとこがあったんだけど…」
その日は結局、小山内から何のアプローチもなかった。
俺から?
アプローチするわけないだろ。
次の日から早速授業が始まった。進学校だと普通なのかこのペース?
国語も数学も芸術も最初の授業とあって教師の自己紹介から始まった。
それぞれ個性のある先生達だったけど、なかでも数学の森先生はかなり変わり者かもしれない片鱗を出してた。入学前の課題の解説でいきなり黒板一面を埋めてくれてたらな。ノート取るのに必死になった。最初の授業からこれ?
授業が終わると部活紹介が。これは新入生全員を体育館に集めて文化部の各部活を2日かけて紹介するイベントだ。
この英堂館高校は、江戸時代の私塾の英堂館が起源で、それを開いた坂井英堂が、理治・文治・民治ってのを説いたらしい。
感情ではなく道理で、武力ではなく文力で、上の人だけでなくみんなで国を治めるべきだってことを言ってるそうだ。以上学校案内のパンフの受け売りな。
なので、部活動で言えば、実際に活動するかどうかは別として一応文化部に全員所属することになってる。
変な高校だよな。
その変な高校に相応しく、文化部にも変なのがいっぱいあるから、それをまとめて紹介するイベントが部活紹介ってわけだ。
ちなみに、民治ってのを実践するとかで、1年生もどんどん生徒会に参加してほしいともパンフに書いてあった。へぇそうですか。
んで、1日目の部活紹介が終わって、ホリーと
「入りたい部活あった?」
「それより人体実験部って、どう考えてもダメだろ。」
とか喋りながら教室に戻ってくると、机の上にゴミが落ちてた。
紙をクシャッと丸めたものだ。
いやわかってるんだ、誰かが落とした単なるゴミだって。
でも俺は一気に呼吸が浅くなるのを感じた。
もしかすると、この紙の中に、「嘘つき君」て書かれているのかも。小山内ショックがトラウマになってるぞ。
俺はとっさにそのゴミを手で隠して教室をキョロキョロ見渡した。みんな部活紹介の話とか帰りの準備とかしてて、誰も俺の方を見たり、気にしてたりする素振りの奴はいない。
俺は念のためにもう一度クラスを見渡してから、そのゴミをゴミ箱に捨てに行った。
ホリーは一瞬挙動不審になった俺の様子に変な顔したけど、まぁゴミをゴミ箱にってのは普通だし、その前に落とし物かどうか確かめるのも普通だろ。多分。
ただ、この後の帰りのホームルームと掃除が早く終わってほしい。
期待通りホームルームは早く終わってくれた。明日は7時間授業なので間違えないように、という連絡だけだったからな。
俺は担当の第2理科室の掃除をほかのメンバーと手早く済ませて教室に戻った。
軽い会話はあったけど、俺は早く帰りたいし、他のやつも運動部の見学とか理由は違うけど急いでたのでほんとあっという間。
教室に戻ったら、そろそろ夕方が始まる日が差してるざわざわの中で、帰り支度をして帰っていくやつと、運動部の見学に行くらしいのが半分くらい。
何もせずに喋ってるのがちょっと。あとはもう帰ったんだろ。
そして
これ読んでるやつ全員が予想してたと思うけど、机の上に丸められた紙が。
でも2つ並んでたのは予想外だろ。1個は丸め方に見覚えがある。
お前らならどうする?もっかい捨てるか?
残念ながら俺にはその勇気がなかった。いや、受け入れる勇気はあった、というべきなのか?
手が汗ばんでたけどな。
初見の方を手に取って開く。
「よめばか」
よめばか?え?読めば、か?嫁ばか?
緊張で頭が硬直してるせいか、全部ひらがなという不親切のせいもあってか、読めバカ、という正解にたどり着くのが遅れた。
バカってなんだよバカって。言いたいことあれば直接言ってこい。バカやろ。
とは言っても、読まずに捨てたらまた戻ってきて、ついでに罵詈雑言も追加されそうだ。
どうせ読んでも読まなくても俺の秘密を握られてるのは確かだろうから、変に怒らせるのはまずい。
文字にすると冷静に判断したように聞こえるだろうけど、顔の強張りは自分でもわかってるし、震えてると思う。
幸いホリーは掃除が別の班だったおかげで俺の異変の現場にはいなかった。
では、
もう一個の方も。
喉がいやに乾くな。
「校門を出て300メールほど駅と反対方向に行くと大通りがある。その角を左に曲がって少し行ったらカフェがあるから、掃除終わったらすぐに。」
いかにも傲慢な内容とは裏腹に綺麗な字だ。待ち合わせにカフェを選んでるから多分差出人は女子だな。
そんで、告白のための呼び出しとはかけ離れてる気がするから、心当たりは1人しかいない。
「いやいや、クラスの美少女と2人でカフェ?冗談じゃない。男子が俺をどう扱うかわかってるのか?だから行かなかった。」
逃げ口上はすぐに思いついた。
あとはこれを実際に口にする勇気が俺にあるかだな。
「よめばか」と書いてくる相手に。
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