第5話 それなりに始まった普通の日々 (1)

入学1日目は、めちゃインパクトのある日になった。

いや、普通、入学式の日は、何もない日と較べたらインパクトがあるだろうし、受験の苦労の末迎えたものだったらなおさらインパクトがあるのも当然なんだろうけど。

俺の半年にわたる努力が水の泡になったのと、予想外の奴に出遭ったのと、その予想外の奴がさらに輪を掛けて予想外のことをやらかしてくれたおかげで、俺の人生史に残るインパクトのある日になった。


で、今日は2日目。

昨日、担任のなんて言ったっけ、そう今井先生から説明されたスケジュールだとオリエンテーションがある日だ。ついでに言えば、入学前に渡された案内には、入学前に課されていた課題の中からテストを行うってのも載ってたよ。やだねー。

ところで、オリエンテーションてなんだ?説明聞くことか?

とりあえず、その説明がなんかあるだろう。


登校して、昇降口をのぼって、廊下を辿って、あ、そうそう、俺が昨日追い詰めれた原因だけど、昇降口のある校舎と教室のある校舎が別棟になってて、渡り廊下でつながれてたんだ。ただ1階だけが校内道路を通す関係で途切れてた。それをおれがキョロキョロしたり、ジロジロしてたりして見落としてたから、ああなった。

奴めやりよる。


んで、つつがなくオリエンテーションが済んだ。

その後、入学前に出されていた課題からのテスト。

テストの出来?まあ、ああいうこともあるだろう。


テストを2科目残して昼飯時。

いきなり小山内はクラスの女子に囲まれてた。

いや、朝のホームルーム前にもなんか何人かの女子が話しかけたそうな視線で小山内のほうをちらちら見てるのに気づいてたんだけど、囲まれてはなかった。

オリエンテーションの間に何があったんだ?

ちなみに小山内が外見はかわいくて、もう高校生の雰囲気もまとってるってからか、男子連中もちらちら見てる。こっちは、勇気のある奴いないのかよ。


女子で盛り上がってるのをこれ以上見てると、それなりに後難がありそうなので、俺は独りで弁当を食い始めた。


うん、うまい。母さんありがとう。


なんて、思ってると、背中をとんとんとされた。


「ん?」


ご飯を頬張ったまま振り向くと、ものまね爆笑王が机越しに身を乗り出してきた。


「俺君、その様子だと、弁当一緒に食べる奴いないんじゃ?僕もそうなんだ。どう一緒に?」


何度も言うようだけど、俺は中学時代、嘘つき君と呼ばれて、まあ、いじめられるとこまではいかなかったけど、かといって仲良く弁当を一緒に食う奴もいなかった。なので弁当を独りで食うことには何のためらいもなかった。

だけど、たしかに、せっかく高校デビューしたんだから、奴に、小山内に幸せな高校生活をぶちこわされる前に少しでも高校生らしい楽しみを味わっておくのも良いな。

しょうがない。

俺は、なんかにやけそうになる頬の筋肉を無理矢理大きく咀嚼して誤魔化した。


「いいよ。ええと、堀君。もちろん。」

「声かけてよかった。一緒に食べてやるから、なんかものまねやれとか言われないか心配してたんだよ。」

「言ったらやってくれたのか?」

「そのミートボールを入場料にくれるなら。」

「やらねーし。」


一緒にちょっと笑ってから、俺が後ろに向いて一緒に弁当食い始めた。

正面から見ると、こいつイケメンだ。

今井先生のどこかちょっと違うイケメンじゃなくて、親しみやすいアイドルタレント系のイケメン。

髪はすこし茶髪がかってるけど、天然かもしれん。きりっとした眉の下には親しみやすい二重の目。それから鼻筋の通った高い鼻。なんか、いい感じに薄い唇。それらがバランス良くまとまってる。

爆笑王でいいのか、堀君。


しばしのもぐもぐやってから、堀君が聞いてきた。


「俺君は、県境越えてきてるんだよね。朝辛くなかった?」

「辛いよ。春休みで惰眠むさぼってたから余計辛いよ。堀君はここまでどれくらいかかってるんだ?」

「大体50分くらいかかるかな。それと、僕に君づけはやめて。似合わないから。」

「中学の時はなんて呼ばれてたんだ?」

「ホリーとか、下の名前が靖幸だからヤッキーとか。俺君も好きなので呼んでくれていいよ。」

「じゃ、ホリーで。俺の方も君付けは無しでたのむ。」

「いいよ。君は中学の時はなんて?」


一瞬だけだけど俺は詰まった。中学の時は、「嘘つき君」か、名字そのままだったからな。


「名字呼び捨ててで呼ばれてたな。」


ちょっと胸がチクッとした。

ホリーはなんか考えるような顔つきになって、


「なんか呼び捨てもやりにくいんで、ええと、僕を上の名前の方で呼ぶんだから、俺君は下の名前で呼ぶよ。」


何でそうなるのか理解に苦しむが、まぁ、特に文句はねぇ。


「それでいいよ。」

「名前なんてったっけ。」

「自信満々に下の名前で呼ぶって宣言しておいてそれかよ。」


ぶっと吹き出してしまった。牛乳飲んでたら大惨事だったぜ。


「輝(テル)だ。なんでも好きに呼んでくれ。」


ホリーは箸を止めてなんかぶつぶつ言い始めた。


「テルー、テール、てるっち、テルル…」


いや、尻尾になったり、芸人みたいになったり、魔法少女みたいになってる。

好きに呼んでくれって言ったけど、ちょっとヤバくないかこの流れ?

まだホリーは眉をしかめてぶつぶつ言ってる。


「うーん。テルぼう、テルきち…」


このまま行けば間違いなく俺の輝かしい黒歴史の幕開けだな。

残念系イケメン君と一緒に黒歴史を刻もう。

いやいや、いやだそれ。


「いや、テルでいいし。」

「そう?呼び捨てになるよ。」

「やー、気にしないし。」


黒歴史になる方が気になるって。


「じゃ、テル、よろしくね。」

「おう。」


呼び方が決まって、堅苦しさが取れた。

さっきと違って気楽な話しが始まった。


しばらくして弁当が半分くらいになったころ。


「そうだライン交換しようよ。」


俺の箸が一瞬止まった。やっぱり来たか。

実は俺はスマホを持ってない。親のお許しが出なかった。だいぶ粘ったんだけど両親の耐久力の方が高かった。口ぶりからすると、いじめを心配してるらしい。ここにも「嘘つき君」の影響が。

で、俺の方がクリティカルヒットをもらってガラケーで妥協せざるを得なかった。

俺は大した事じゃないといような口調になるように努力して言った。


「悪い。俺、スマホないんだ。」


そう言って、俺はポケットからガラケーを出して見せた。

ホリーの視線が銀色の旧態然とした機械に注がれる。


「これしか親が許してくれないんで、ライン使えないんだわ。」


これ、友達になれないコースか?

俺は顔が笑みを維持してくれてることを祈りつつ、ホリーの次の言葉を待った。


「あーそういう人もいるよね。しょうがないね。お許しが出たら交換しよ。」


ホリーはそう言って梅干しを齧った。


「すっぱぁ」


こいついい奴だ。声かけてくれてありがとな。


またしばらくして、ホリーが箸を口に運びながら俺から視線をそらした。


「あれ、すごいよね。入学二日目でもうクラスの中心が決まっちゃった感じだよ。」


ホリーの視線の先は、げっ、小山内だ。あいもかわらず女子に囲まれて、机を寄せてお食事タイム真っ盛りだ。


「彼女、小山内さんていったっけ?」

「そうみたいだな。」

「小山内、何さんだっけ。」

「しらねー。」


なんか、小山内、一瞬だけどこっちを睨まなかったか?


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