第3話 入学おめでとう? (2)
俺がそれに気付いたのは、少し時間が経ってからだった。
俺の後ろの奴は自己紹介がなかなか上手な奴だった。
名前と出身中学をいった後、特技のものまねをやりますって言ってものまねのネタをやった。
下町という意味のコンビ名の大阪出身芸人の「けっかはっぴょーっ!」だ。
いきなりだったのと甲高さがツボにはまって、みんな大爆笑。教師も爆笑。ノリの良い先生みたいだ。
で、なんとなく教室を見渡した俺と目が合った奴がいた。
斜め前に座ってる女子で、さらさらのロングの黒髪をしてる、目鼻立ちの整った間違えようもない美少女だ。みんな同じはずの制服がすごく似合ってる。みんなまだ高1というより中4という方がしっくりくる子供っぽい顔つきが並んでる中で、もう、高校生の顔になってる子だ。その子が大きな瞳で俺を見てた。
一瞬、俺の後の爆笑王を見てるのかと思ったけど、俺と視線が合うと、すっと視線をはずして爆笑王に目をやったから、間違いなく俺を見てたはずだ。
あれ?
なんで俺見てんだ?
あんなかわいい子の知り合いなんていないぞ。もちろん中学校なら、男子生徒が1週間に一回は噂するレベルのかわいさだし、どこにいても人目をひくだろう子だから塾でも一回見たら忘れないはずだ。
それから俺はいきなり背筋に汗が噴き出したのを感じた。
俺の自己紹介は、全く普通。なので注目されるはずがない。
顔も普通。なので、あんなかわいい子に注目されるはずない。
結論。
俺が知らない、俺のことを知ってる奴だ。
もうそこから、俺は、頭がなんかに圧迫されるように感じて、残りの奴の自己紹介は分厚いガラス越しに聞いてるようだった。誰かの自己紹介がみんなにうけたら俺も笑ったけど、何が面白いのかわからないまま時が過ぎた。
そんで、俺の席の隣の奴に順番が回ってきたとき、はっと気付いて、気付かれないようにさっきの美少女の視線の向いてる先を確認したけど、俺には一瞥もくれず、自己紹介をなんか良い感じでやってる隣の奴を見上げてた。
結局、自己紹介タイム中そいつの視線がもう俺に向いたことはなかったと思う。
チャイムが鳴って、自己紹介タイムは終わり。今日の公式予定も終わり。
担任の明日の予定の念押しの時には少し頭が動くようになってた。
あ、ちょっと楽観も出てきた気がする。
よく考えたら、なんか、自己紹介した奴の顔を覚えようとかいう殊勝な奴なのかも知れない。真面目な奴だったら、学級委員長にならなくてもそういうことをするかも知れないし。
と、思い直して、鞄に配られた予定表とか、明日までに書いてこいとか言う配布物をいれた。
これ、ラノベとかなら、さっきの奴がなんか紙を丸めたのをさりげなく机に落としてどこかに呼び出されたりするのかもな、とか余計なことを思うくらいの余裕も出てきた。
いわゆる、現実逃避って奴だ。
奴の視線がちらちらとこっちを見てるのに気づいたからな。
これを称していたたまれない、という、と中学の時の50過ぎの国語教師なら教えてくれそうな時間が過ぎて、俺は、どうしようか考えた。
つまり、死刑宣告を早く受けるか、後回しにするか。
で、俺は逃げた。教室を飛び出した時、背後で、「あっ」とか言う声が聞こえたような気がしたけど、気のせい気のせい。大体、あいつの声って……俺なんでそう思ったんだろ?
とにかくさ、中学3年の半年間、俺は、必死だったんだよ。
せめて、最初くらいは、嘘つき呼ばわりされずに高校生活を過ごしたいじゃないか。
でも、逃げってのは、逃げ道を知ってないと成立しないって人生訓を、改めて思い出さされる出来事に遭遇した。
早い話が、迷った。
1年生の教室は、校舎の4階にある。昇降口からも一番遠い。
俺は、この教室に入るとき、昇降口横の階段を使って、確か、一度角を曲がって1年1組、2組の前の廊下を通ってこの教室に入った。
でも俺は、逃げるときに、早く奴の視線から消えたいのと、万が一にも追ってこれないようにしたいのとで、昇降口の反対側になるんだけど、隣の1年4組を越えたところにある階段を使った。
その始めて使う階段で急いで1階に降りて、曲がり角の方に行くと、その先に廊下が続いていない。鉄の扉が行く手を塞いでる。ノブをガチャガチャやってみたけど、開かない。鍵がかかってる。
なんで???
周囲を見回すと、理科室とか理科準備室とか書かれた札がかかった、明かりもついてない、しんと静まりかえった教室が並んでる。
そして。
薄暗い階段を下ってくる足音が。
ホラーだ。いや、悪夢だ。いややっぱりホラーの方がまだましだ。
俺が凍り付いてると、階段の角を曲がって奴が現れた。
すたすた、というより、すっすっという感じの洗練された感じのする歩き方で、スカートを翻しながら、誰の目にも怒ってますってわかる形に整った眉を逆立てて近寄ってきた。
「あんた、何で逃げるのよ。」
「…」
怖いから、とか、逃げたいから、とか、本当のこと言をえると思うか?
これ、嘘言って取り繕っても、嘘つき呼ばわりされないたぐいのシチュエーションだよな?
どんどん近づいてきて、あれ、でも、俺が黙ってたらなんか不安そうな感じの眼になったぞ。
「あんた、もしかして、私のこと憶えてないの?」
はい。憶えていません。
でもそんなこと言えるはずもなく奴の眼から視線をそらすのが精一杯だった。
現実逃避2.0。
髪、さらさらそうできれいだな。
で、そのきれいな黒髪をとめているヘアピンに気がついた。
かわいいさくらんぼのヘアピンだった。
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