魔女の魂 ④




再びホウキに跨ったブルーノが、真っ黒な空の中へと舞い上がった。こちらへ向かってくる魔女の魂の視界に入らないよう、いつもよりずっと高くへ。


ミアとテオはロッティの上に乗り、遠回りしてブルーノとは逆方向から生徒たちの埋まる場所へと向かう。



走るロッティの上で揺られながら、後ろのテオが何か深く考えている様子だったので、ミアが「どうしたの?」と聞いた。



「いや。よく考えたら嫌な予感がすんだよな……。魔王の嫁である7人の魔女の中に、すごく仲が良かった2人がいたって話を聞いたことあんだよ。確か片方は魔法の靴をマジックアイテムとするセオドラで、もう一人は……」



魔女の魂が同じ場所に居ることなど、これまでの記録ではなかった。


二つ一緒に居るとしたら、生前すごく仲の良かった魔女同士ということだ。



テオが険しい顔をしているうちに、ロッティはあっという間に魔女の魂の近くまで来た。


こちらから見えない向こう側では、ブルーノが空の上から魔女の魂に攻撃を入れている。


ミアは自分たちに保護魔法をかけようとしたが、杖がないためできない。


すると、ロッティがグルルと唸り、薄い膜のような結界を張ってくれた。あまり強力ではないが、ないよりはマシだった。



「ありがとうロッティ!杖ないから助かる……」

「は!?お前杖持ってねえの?」

「逃げる時に落としちゃって……。でも生徒たちの近くで落としたから、この辺にあるはず」



テオの顔面には、「やべえ」という文字が書かれている。


何故そこまで焦った表情をするのか分からず頭上にクエスチョンマークを浮かべるミア。


その時、ロッティがガフッガフッと鳴き声を上げ、雪を掘り始めた。


雪の中から制服の袖が見えている。


テオとミアはロッティから降り、雪を払って生徒の腕を確認した。



「……やっぱりそうか」



テオが生徒のあまりにも固い皮膚に触れ、眉を寄せた。



「石化魔法がかけられてる。どちらか一体は確実に、セオドラと仲の良かった魔女のミーズだ。ミーズは石化魔法が得意だったって話だからな。ブルーノと戦ってる方がミーズじゃなけりゃいいけど……」



テオが言い切る前に、ドオッ!と大きな魔法の衝突の音がしたのち、ホウキと共に空中にいたブルーノが落ちていくのが見えた。


ホウキは石化しており、地面に落ち打ち付けられた途端にヒビ割れた。


ブルーノは魔法で衝撃を緩和したため着地自体はうまくいったが、先程攻撃されたのか腕から血が流れている。



「だ、大丈夫かな? ブルーノ強いし大丈夫だよね……?」

「つえーよ。でも、ミーズとは相性が悪い。ブルーノが水なら向こうは岩。魂を侵食するにはかなり時間がかかる」



テオの危惧したことが起こってしまったのだ。おそらくブルーノは、7人の魔女の中で最もミーズと相性が悪い。


向こうでは激しい爆音がしており、スヴェンがセオドラと戦っていることが分かる。そうすぐには終わらないだろう。



「どうしよう……!私たちが助けなきゃ!」

「……俺、杖、忘れたんだよな」



え?とミアがびっくりしてテオを見上げた。


なんと、テオはミアに杖を借りる予定だったのだ。



「魔女の魂と戦うのに忘れてきたの!?」

「うるせえな!お前が追われてるって聞いて焦ったんだよ……!」



その答えに、ミアはぐっと口籠る。


テオはなんだかんだ言ってミアを気にかけているのだ。ミアが追われていれば、焦って部屋を出てくるだろう。


場所が遠いため早く出なければならず、きちんと準備をする時間などなかった。忘れ物をしても無理はない。



「マジックアイテムは?」

「そう短期間に何度も使えるようなもんじゃねえんだよ。惑いの森を出すのにこの間使ったばっかだし……」

「私のせい?」

「割とお前のせいだ」



ガーンとショックを受けたミアだが、すぐに気を取り直して、必死に自分がどの辺りで杖を落としたのか思い出し始めた。


確か氷の洞窟を出てすぐの場所だ。



「ロッティ、先にあっち行こう!」



雪を掘り続けるロッティにそう指示し、共に氷の洞窟へと向かう。


その最中もブルーノは激しい攻撃を受け、かなりの重傷を負っている。



「ブルーノ!一旦引け!応援呼ぶぞ!」



見ていられなくなったテオが叫ぶが、ブルーノはその声が耳に入っていながら、反応を返さなかった。




(いや――……間に合わない)



空に広がる暗闇を飲み込むように、おどろおどろしい黒雲のような闇の魔力の塊はそのサイズを増大させていく。


どうにか消し飛ばそうとするが、魔女の魂はブルーノの魔法攻撃さえ飲み込むように吸収していく。


明らかに先程よりも強くなっていた。


おそらく拐った女生徒たちの魔力を吸収し、成長し続けているのだ。


急激な魔力の消費は体内のバランスを崩し、場合によっては生命に関わる。


女生徒たちを守るためには、できるだけ早く片を付ける必要がある。


真面目なブルーノの性格上、ここで撤退するわけにはいかなかった。



テオがブルーノの様子を心配しているうちに、ミアが自分の杖を見つけた。


記憶通り、それは氷の洞窟の前で埋もれている生徒の横に落ちていた。



「私、ブルーノを助けてくる!これはテオが使って」



ミアがテオに自分の杖を押し付けて言った。



「ちょっと待て、杖も持たずにどうする気だよ」



一方的に杖を渡して走り出そうとしたミアの二の腕を、咄嗟にテオが掴んで止める。



「私には鍵があるから大丈夫。テオはロッティと一緒に雪に埋まってる生徒を全員同じ場所に集めて、私の魔法から生徒たちを守って」



マジックアイテムはそう頻繁には使えないと先程テオが言っていた。


ロッティを呼び出すために鍵を使ったばかりのミアは正直鍵をもう一度使えるかどうか曖昧な部分があるが、身を削ってでもやるしかない状況だと思った。



「俺をフィンゼルの獣とセットにすんの?大丈夫かよ、こいつ俺の言うこと聞く?」



テオが問いかけるようにバッとロッティの方を向くが、ロッティはふいっとそっぽを向く。



「可愛くねえ〜〜〜!!」

「日頃の行いだよ、テオ」

「お前に言われたくねえ~!」



この様子ではテオの言うことを聞かなそうなので、ミアは諦めてロッティの上に乗った。



「ごめん、やっぱりロッティは連れて行く。一人で頑張れる?」

「そりゃ、杖さえありゃ何とかできっけど……つーかそいつと一緒に居たら自分がいつ噛まれるか分かんねーし一人の方が楽だわ」

「そう、なら、よろしく。信じてるよテオ」



ミアを乗せたロッティがブルーノの居る方向へと走り始めた。



と同時に「ラッセン・シュナイエン!」とテオが杖を振って呪文を唱え、大量の雪を一気に空中へと跳ね上げる。


雪を退かせば、目視で生徒たちがどこに居るのかすぐに分かった。



魔法で小人を生成し、石化した生徒たちを速やかに氷の洞窟の入り口付近に集めたテオは、その固い体に触れて考え込んだ。




――実は、ミアには言わなかったことがある。



石化魔法はミーズの血を引く王族にしか扱えない。


レヒトの国の王族は、王政廃止と同時に処刑された。すなわち、石化魔法を解ける魔法使いは現在存在しないということである。



もしもミーズの魂を倒すことができたとしても、石化されている生徒たちが元に戻ることはない。


ミーズ本人を説得することができればあるいは可能かもしれない。しかしミーズの魂からは自我を感じられないため、おそらく会話は不可能だろう。



幸いにもまだ生徒たちの命はある。


石化は解けずとも、アブサロンに頼めばある程度の延命は期待できる。


しかし、彼女たちが自発的に動けるようになる可能性はゼロに近い――。



(……ミア、泣くかな)



テオは洞窟の入り口付近に結界を張りながら、険しい表情をしていた。






と、その時。

ざ、ざ、ざ、と地面に僅かに残る雪を踏み分けてこちらへ歩いてくる複数の足音がして、警戒して顔を上げる。



「……! お前は……」



予想外の人物がそこには居た。


その後ろには、何人もの《知の部屋》の生徒たちが続いていた。




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