魔女の魂 ③




「で?」



しかしそれもほんの数秒のことで、すぐに顔を上げて巨大な闇の魔力の塊の方に視線を向けるスヴェン。



「あれが、魔女の魂か」



そして、あまり何も深く考えていない様子で杖を構えた。



嫌な予感のしたミアが、思わずスヴェンに抱きついてその動きを止める。



「ちょ、ちょっと待って!まず状況説明をさせてほしい。女生徒たちがあっちの雪に埋まってるのを見つけたんだけど」

「あー、そうなん?君の“お友達”もちゃんとおった?生きてるん?」

「カトリナがいるかまでは確認できてないけど、多分いる。生きてるかも、はっきりと確認はできなかったけどきっと……」

「ふーん、まあ、雪ん中埋まってるんやったらどうせ死んでるやろ。今から魔女の魂ごとあの一帯一気に吹き飛ばすから、退け」

「……っ」



ミアが信じられない、という表情でスヴェンを見上げた。


しかしスヴェンは何でもない顔をしている。



「女生徒たちがいるんだってば」

「女生徒たちの死体が、やろ?」

「死体かどうかはまだ分かんないんだって!」

「正直僕は元々生死不明やった生徒数人これで死んだところでどうでもええんやけど。元々死んでたってことにすれば責任問われんし。魔女の魂さえ消せば、僕はこれ以上被害を広げんために尽力したオペラの優等生ってことになるし」



(私人選ミスったかもしれない……)


最初からテオやブルーノに頼っていれば、とミアはスヴェンの道徳心のなさに絶望した。


しかし、スヴェンが他人はどうなってもいいと思っている人間だからこそこの作戦は成功し、魔女の魂の居場所を突き止められたという部分は確かある。テオやブルーノであれば、まずミアが囮になることを止めただろう。



「今から大掛かりな魔法使うんやから、間違って殺されたくなかったら離れろ。邪魔や」



そう言ってスヴェンが自分にしがみついてくるミアを振り払おうとした時――ロッティが後ろからスヴェンに体当たりし、スヴェンはバランスを崩して雪の中に倒れ込んだ。スヴェンに抱き着いていたミアも、スヴェンに覆い被さるようにして転ぶ。


ロッティナイス……!とミアはこっそりロッティに向けてグッドサインを送った。



「痛ッたぁ……何すんねんあのクソ魔獣殺したる」

「――させないから」



スヴェンの上に乗ったままその両手を押さえつけたミア。


杖がなく魔法を使えない状態で、オペラ4年生に立ち向かうその姿は、非力ながら強気だった。



「ロッティも殺させないし、カトリナも、生徒たちも、殺させない」

「……生徒たちが生きとるっていう低い可能性のために気ぃ遣いながら魔女の魂とやり合え言うんか?やるんは僕や。僕が決める。ただ見とるだけでええ君は気楽なもんやろうけど」

「何で最後は全部一人でやろうとしてるわけ!?もともと私が頼んだことだし、あなたは私と共同戦線張ったんじゃないの!?」



ミアが少し声を張ってスヴェンに反論したことで、スヴェンが少し驚いたように目を見開く。


その後面倒になり自分の上に乗っているミアを無理矢理退かそうとしたが、ミアは意地でも退かなかった。


正直その気になれば魔法を使わずとも組み伏せられる程度のひ弱な女子の腕力ではあるのだが、“ミアに少しでも危害を加えたら噛み殺す”と言いたげに瞳を赤く光らせて自分を睨んでくるフィンゼルの獣もいることなので、スヴェンは諦めて力を抜いた。



「強情な奴やな……。ほな聞くけど、君に何ができんねん」


「映像石で助けを呼んだりとかじゃね?」



それまで誰も居なかったはずの方向から声がした。


バッとスヴェンよりも速くそちらを見たのはミアだった。



かなり急いで来たのか汗をかいているテオが、ホウキを持ってそこに立っている。


その隣には例のごとくブルーノがいた。かなり何か言いたげにミアとその下にいるスヴェンを見ながら。



「魔女の魂が見える場所で男といちゃつくとか余裕だな?ミア。俺らが必死にこの吹雪の中探しに来たってのによ」

「え゛!? 違……」



チクチク嫌味を言ってくるテオの言葉で自分の状態を理解したミアが、慌ててスヴェンの上から退いた。


確かに、傍から見ればまるでミアがスヴェンを押し倒していたようだ。



「違うからねテオ!私、こんな道徳心のない鬼のような男は願い下げだよ」

「へえ、言うやん」

「あっ痛!いたたたたた!」



スヴェンが失礼な事を言うミアの耳をぎゅううううっと引っ張って痛め付ける。


しかし、ブルーノがじとっと睨んできていることに気付いたため、怒らせたら面倒だと思いミアの耳から指を離した。



「説教は後だ、ミア。生徒たちはどこに居んだ?」



魔法で戦闘をする際の機能性に優れたマントを羽織りながら、テオが問う。



「雪の中に埋まってる。それをあの魔女の魂が奪われないように守ってるっぽい」

どっちの・・・・魔女の魂だ?」

「……え?」



テオに不可解なことを聞かれ、ミアはテオの視線の先を辿るようにして遠くにある魔女の魂の方を見た。


先程まで大きな一つの塊だったそれが、分裂したかのように二つになっている。バチバチと、闇の火花を散らすように嫌な魔力を溢れさせながら。


しかも、そのうちの一つはこちらへとゆっくり近付いてきている。



「何で二体に……最初は一体だったんだよ」

「いや、最初っから二人おる。近くにあったから一個に見えただけやろ。仲良う傍におるうちに一気にぶっ飛ばそう思たんに、邪魔したのは君やぞ。どうしてくれんねん、手間増えたやないか」

「スヴェン。言葉が強いぞ」



ブルーノがすかさずミアを責めるスヴェンを注意した。


【魔法使いの弟子】で散々罵倒されているためミアにとっては慣れっこなのだが、ブルーノは見過ごすことができなかったらしい。



「こうなっちまったもんは仕方ねえ。今ある状況に対して最善の対応策を見つけるしかねえな。向こうで生徒たちを守ってる魔女はブルーノが、こっちに来てるもう一体はスヴェンが対応してくれ。俺とミアと……ロッティは生徒たちの救出に向かう」



ブルーノは魔法の精細なコントロールが得意なため、雪の中にいる生徒たちを傷付けずに魔女の魂と戦えるだろう。


逆にスヴェンは強大で破壊的な戦い方を好むため、細かいことを考えず戦った方がうまくいく。


ロッティは嗅覚を使って生徒たちそれぞれの居場所を特定できる。


そして雪の魔法が得意なテオであれば、雪に埋もれている生徒たちを救出できるはずだ。



瞬時に適材を適所に置いたテオの指示に、その場にいる全員が同意した。




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