魔女の魂 ②
洞窟の外へ出ると、広い平地が広がっていた。
校舎の付近とは違い雪が降り積もっていて、地吹雪が起こっている。
暗闇に目が慣れてきた頃、その雪の中に人が埋まっているのが見えて、ミアは慌てて駆け寄った。
雪の中から引きずり出そうとするが、ミアの腕の力では出すことができない。
雪を発生させる魔法は知っているが雪を退かせる魔法を知らないミアは、熱を発生させる魔法を使って雪を地道に融かしていくしかなかった。
雪の中に居る人間は、フィンゼル魔法学校の制服を着ている。
(この学校の生徒だ……!)
雪を融かしながら周りを見回すと、埋まっているのは一人のみではなかった。目視できるだけでも十人ほどが雪の上に倒れ、埋もれている。
呼びかけても返事がない。
早くしなければ死んでしまうかもしれないと焦るミアの全身に、次の瞬間――酷い寒気が走った。
鳥肌が立ち、吐き気もする。何か恐ろしい魔力が近付いてきているのを感じる。
指先が震えて杖を地面に落としたミアは、その杖を拾おうとしたが、動けないほどの魔力の気配に呼吸すらできなくなった。
大きな闇の塊が、吹雪を吸い込むような圧倒的な質量を持って、ミアの方へ少しずつ近付いてくる。
それは人の形をしておらず、何かミアに語りかけてくるわけでもない。ただの闇の魔力の塊だ。
しかしミアにはすぐに分かった。
あれが“魔女の魂”であると。
(あれに飲み込まれたら死ぬ気がする)
逃げなくてはと思うのに、ミアの足は全く動かない。
心臓の音が大きくなり、汗がだらだらと身体を伝う。
(動け、動け……せめて口だけでも……!)
必死に首にぶら下がる鍵を握り、唇だけを動かしたミア。
発声しようとしたにも関わらず音は出なかった。
しかし――――
その刹那、ミアは獣の毛に包み込まれていた。
「ロッティ!!」
泣きそうになりながらその背中にしがみつく。
フィンゼルの獣は、声にならずとも唇の動きで唱えた呪文で出てきてくれたのだ。
ロッティはミアを背に乗せたまま、オオーーーーーーンと高らかに遠吠えをし、魔女の魂とは反対方向に走り出す。
まだ生徒が雪の中に居るため救出が先ではあるが、ミアにはあの魔女の魂と真っ向から勝負して追い払える自信がなかった。
無謀な挑戦はすべきではない。一度逃げてスヴェンの助けを待つことにしたのだ。
「あのスパルタ野郎、何やってんの!? ロッティの方が余程頼りになるんだけど!」
一応協力してくれるということであったにも関わらず一向に助けに来ないスヴェンへの毒を吐くミア。
先輩に対する口の利き方ではないが、本人はこの場には居ないので安心だ。
ロッティはガフッと鼻息を立てた。褒められて得意げになっているようだ。
その時、ミアが制服のポケットに入れている映像石が光った。
映像石は、テオたちとの通話のために持っている魔法具だ。
取り出すと、寮の部屋に居る様子のテオたちの映像が空中に浮かんだ。
『ミア、お前何で学園の敷地の最北端にいんだよ!?ぜってぇそこ友達の部屋じゃねぇだろ!どんな友達だよ!』
「あっ……」
テオたちに自分の位置が分かるような魔法をかけてもらっていたことをすっかり忘れていたミアは、間抜けな声を出してしまった。
「テオ!助けて!!」
『……だと思ったよ……。今度は何に巻き込まれてんスか、オヒメサマ?』
「自分から巻き込まれにいったかも!ごめん!」
『残念ながらそれも予想通りだわ。今からそっち向かうから、概要だけでも教えてくれ』
「行方不明になった女生徒たち見つけた!あと私は魔女の魂に追われてる!」
『やべえブルーノ、俺卒倒しそうなんだけど』
『思ったより事態が深刻だな。魔女の魂に追われる……?どうしたらそんなことに……』
短期間でポンポン危険な目に遭うミアに、ブルーノも困惑しているようだった。
『聞け、ミア。フィンゼルの敷地はバカみたいに広い。寮から最北端までまともに行こうとすりゃ数時間かかる。俺らは魔法で飛ばすけど、そう早くはそっちに着けねえ。俺らが着くまで、全力で逃げ切れ。いいな?』
「分かった……!ありがとう」
テオが最後にミアに全力で逃げることを指示し、通話は終了した。
ロッティにしがみついたまま、ミアはちらりと後ろの様子を窺う。
凄まじい魔力を感じるが、闇の塊自体のスピードは然程速くない。
(というか、こっちを追ってきてないかも……?)
あの雪の中に居る女生徒たちを奪い返されることを警戒していて、あの場所を守るためにあの場所に留まっているのかもしれない、とミアは推理した。
「ロッティ、ありがとう。ここまででいいよ。ここからちょっとあいつの様子を見る」
ミアがそう言ってロッティの頭を撫でると、ロッティは走るのをやめて座り込んだ。
ミアはロッティの上で長い時間考え込んだ。
距離を置いて落ち着くと、状況の悪さをより理解してしまう。
まず、杖を落としたまま逃げてきてしまったのは大きいだろう。
杖がなければ魔法が使えない。首からぶら下がる鍵を握れば発動できることもあるが、鍵を利用して魔法を使ったことは先程も合わせて数度しかない。経験数の乏しい発動の仕方にはあまり頼れない。
今ある手札――ロッティのみでこの場を凌ぐしかないのだ。
そう覚悟してミアがごくんと唾を呑み込んだ時、ロッティがガルルと唸った。
ハッとしてミアが自分の手元を見ると、――靴。
先程まではただの靴だったそれから、不気味な闇の魔力が煙のようにして燻っている。
杖は落としたくせに、靴だけはずっと握っていたのだ。
慌てて放り投げたが、闇の魔力が靴からどんどん放流してくる。
(やばい、やばいやばいやばい――)
ミアが冷や汗をかいた次の瞬間、
空間を切り裂くように風の魔法で吹雪を巻き込み、闇の魔力がミアに到達するのを防ぐ者がいた。
「――ブラーゼン・エズ・ウェグ」
その人物はホウキから飛び降りるようにしてミアの前に降り立ち、トドメとばかりにもう一度杖を振った。
すると、靴が小さな竜巻のようなものに巻き込まれ、闇夜へと吹き飛ばされていく。
「は。ザコやな」
褐色の肌とミルクチョコレート色の髪、眼鏡と黒手袋をした、色男という言葉がぴったりの色気溢れるその男。
間違いようもない、それはミアのバイト先の先輩であり、今回協力していたはずである、スヴェンだ。
ミアはその姿を見て心底ほっとすると同時に一言。
「遅い……!」
「しゃーないやろ、僕方向音痴やし。近くまでは来とったんやけど、そいつの遠吠えでやっと位置分かったわ」
スヴェンはあっけらかんと親指でロッティを指した。
そして次に、意外そうにミアの様子を見下ろす。
「君、靴に魅了されへんかったんやな。魂への干渉を受けてへん」
魂への干渉を受けると魔法学的には別人になる、と保健室のゴーストは言っていた。
それなのにテオとブルーノにはミアの位置が分かった。すなわち、ミアは本当に干渉されていないのだ。
「ふうん……君は随分闇の精霊に嫌われとるみたいやねぇ」
足の爪先から頭の天辺まで舐めるようにミアを見たスヴェンが目を細めた。
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