魔女の魂




――アルバイト終了後、ミアはテオとブルーノに今夜は友達の部屋に泊まるという旨の連絡をした。


二人にはスヴェンと深く関わることを推奨されていないため言えなかったのだ――スヴェンと協力してカトリナを探すことなど。



協力して探す、と言っても何も仲良く二人で並んでカトリナの捜索をするわけではない。



スヴェンはミアを囮にした。



魔法の靴は夜に女生徒が一人でいる時に現れる。


スヴェンはあらかじめミアに強力な追跡魔法の種を仕掛けておき、多少魂への干渉を受けても居場所を特定できるようにして、校舎内を一人で歩き回るように指示した。



自分を囮にするなどある程度好意的に接してくれるようになってきたカトリナの信者たちには言えず、ミアは一人でその案を採用し、一人で実行することにした。


大広間、大食堂、講堂、職員室の前……もう生徒のいない校舎内の廊下を長い間歩いてみたが、魔法の靴が現れる気配は一向にない。


炎だけが照らす暗がりが広がっているだけだ。


強いて言えば魔法薬学の教授の研究室の前を通った時にガチャガチャと薬の瓶を動かす音がしたが、そっと覗くと教授が何かブツブツ唱えながら薬の調合をしているだけだった。



(それにしても、いつもなら夜まで魔法の練習をしてる生徒がちらほらいるのに、今日はいなかったな)



魔法の靴の噂が広まったためか、生徒は夜になる前に寮に帰っているようだ。


この騒ぎを落ち着けるためにも、早めにこの事件を解決しなければ。ミアは魔法の杖をぎゅっと握って歩き続けた。



夜も更けきった頃、ミアは一度立ち寄った魔法図書館にもう一度足を踏み入れた。


ギィ、と鳴る昼間なら何も思わない重い扉の音が夜では妙に不気味だ。



館内では、見上げれば首が痛くなるほどの高さの本棚が並んでいる。


天井に浮かぶランプに灯りを付けようとしたがチリッと火花が散るだけで何故かうまく付けられなかったため、杖を振って自分の近くだけを照らした。



(図書館ってこんなに足音響いてたっけ……)



今更怖くなってきたミアだが、ここで引くわけにはいかないと思って奥へと進んだ。


営業時間はとっくに終了しているため、当然だが職員は居ない。


自分の靴音だけが響く館内をおそるおそる歩いていたミアだが、不意にフッ――と杖の先を照らしていた光が消えた。



辺りを照らす光は消えたはずなのに、何故かうっすらと床が見える。


杖の先を見ていたミアは、ゆっくりと顔を上げて、正面を向いた。



本棚と本棚の間の隙間から、青白く光る美しい靴がミアの方を見ていた・・・・


靴に生命は宿っていないはずであるのに、ミアにはそう感じられた。


純白の上に、オレンジ色の可愛らしい花が描かれた靴だ。



(……あの靴……)



ミアはその靴に目を奪われた。



(誰か――とても美しい女性が履いていたような――)



しかし、心を奪われたわけではなかった。


履きたいとは思わない。ただ、記憶を辿るように、何か思い出しそうになって頭痛がした。



「……う……」



――まただ。またあの女性だ。保健室でアブサロンに御伽噺を聞いた時と同じ女性の姿が朧気に頭に浮かぶ。


ズキンズキンと痛む前頭部を手で押さえながら、ミアは立ち向かうようにして美しい靴へと近付いた。



そして、ミアの指先が魔法の靴の先端に触れた時――



周囲が闇に包まれた。






「どうしてそこまでする?そいつはあんな男の子供だぞ」


「触らないでくれるかしら。生憎気が立っているの。うっかりあなたのことも殺してしまいそう」


「トーアの魔法使いはマギーと魔法使いを滅ぼす呪いの子だ」


「英雄だとも予言されているけれど」


「闇の魔王の言うことを本気で信じるのか。聡明なお前が」


「あなたこそ、“あんな男”の言うことを信じるの」


「……今ならまだ間に合う。その子を置いてお前が行け」


「立ちはだかるならあなたを殺す」


「ならその前に俺がその子を殺してみせよう」


「今度は私が問いましょう。――どうしてそこまで?」


「――お前を愛しているからだ、ソフィア――」





大きく息を吸い込むと同時に、ミアは目を覚ました。


随分と長い間呼吸をしていなかったように思えた。


冷たく固くゴツゴツとした地面の上に自分が倒れていることに気付くのに数秒。ハッとして起き上がる。



澄んだ青い氷で造られた、トンネルのような空間にミアは居た。



自然な臭みと湿気があった。


ひんやりとした空気に身震いしたミアの手には、純白の靴がある。


ミアはそれを見て図書館で気を失ったことを思い出し、同時に、靴から図書館に在った時のような嫌な感じがしなくなっていることに気が付いた。



そういえば、担任のバルバラ先生が学園の敷地内に氷の洞窟があるという話をしていたな、とミアは思い出し、慌てて身体を温めるための魔法を使った。


こんなに寒いのだ。ぼうっとしていたら死んでしまうかもしれない。



(でも、氷の洞窟って校舎からはかなり離れた場所にあるって話だった気がするけど……)



気を失っている間にここまで連れてこられたのだろうか。それにしては拘束などもされていないし、周りに人間は居ない。


ミアは覚悟を決めて立ち上がり、靴を持ったまま洞窟の中を進んでいった。


どちらに向かえば外に出られるのか分からないため当てずっぽうだったが、歩いているうちに風を感じたので、合っている予感がして進み続けた。




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