イーゼンブルク家




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――――事の始まりは、二時間ほど前のこと。



女子寮のロビーには、お風呂上がりのカトリナの信者たちが数多く集まっていた。



「【魔法使いの弟子】での仕事が終わった後のミアさんの挙動がおかしかったので、気になって探索魔法で少し調べてみたんです」

「あなた、まさかこの時間に寮の外へ出たの?よくないわよ」

「いいえ。地図上で相手の動きをある程度探索できる呪文がありまして、校舎の地図にそれをかけてみたんですのよ」



信者の一人が黄ばんだ型紙の地図を広げ、そこに付着する足跡を見せる。


その足跡は校舎内の廊下を何度も行き来していた。それを見て、その場に居た全員が息を呑む。



「きっと私達を危険に晒さないよう、お一人でカトリナ様を探したんだわ……」

「なんて人……」

「聞いてください!図書館で足跡が消えているんです。おそらくカトリナ様のようにここで魔法の靴と接触したと考えられます。しかし、カトリナ様とは違ってまだ気配が消えていないようで……これなら私たちレベルの探索魔法でもきっと見つけられますわ」

「しかし、探しに行くにしても作戦を練らないと……」

「当然無策では突撃できません。相手の戦力を把握し、知力を使って勝負しましょう。私たちは、《知の部屋》の生徒なのですから」



話し込んでいて周りの様子に気付かない信者たちの横を、ある女生徒が通り過ぎる。



それは、たまたまロビーに魔法ハーブの葉を買いに来た、オペラ5年生のドロテーだった。




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女子寮の最上階、オペラの幹部しか入ることを許されないその場所の一室に、ドロテーとイザベルは住んでいる。


こぽこぽ、とキッチンでお茶を入れているイザベルの隣に、不意にドロテーが現れた。


存在感がないうえ音を立てないのでかなり近付いてくるまで分からないのが怖いところだ。



「い、い、いざべる、あの、あのあのあのっ……」

「うわっ。……びっくりした。何よ」



ワインレッドの瞳でドロテーの方を見るイザベルは、寝間着の上に薄いカーディガンを羽織っている。



「あ、あ、あの、イザベルが、あまり聞きたくないかもしれない話をしてもいい……?」

「別にアンタ相手に怒ったりしないから、どうぞ」

「…………カトリナちゃんのこと、なんだけど」

「……」



イザベルの眉が不快そうにピクリと動いたため、ドロテーがビクッと体を揺らす。


ドロテーはイザベルの一つ上の学年のため一応先輩なのだが、性格上イザベルに強く出ることができない。



「カトリナちゃんのお友達が、すごくカトリナちゃんのこと探してて。と、図書館でも必死に探索魔法の勉強してたし、い、今も、ロビーで話し込んでて、」

「友達?……あの子に?」



ドロテーの買ってきた魔法ハーブの葉を受け取ってお湯に入れながら、イザベルは疑わしげに聞き返す。



「た、た、たぶん、カトリナちゃんのお友達の一人も、さっき魔法の靴に攫われたっぽくて……あの子たち、それを探しに行こうとしてて……」

「心配なら、アンタも行けば?」

「ええっ!? で、でも、わ、わ、わ、わたし、よわ、弱いからっ……わたしじゃ何もできないっていうかっ……」

「……」



ずずっと魔法ハーブ茶を啜ったイザベル。


ガラスの向こうに見える外の景色を眺めながら、椅子に腰をかけ何か考えるように頬杖をつく。



「あたし、イーゼンブルク家の人間は等しく嫌いなの。無駄にプライドが高くて、血筋に誇りを持っていて、“イーゼンブルク家ならできて当然”を強要してくるヤツら。……それを当然のように受け入れて、素直にあの家の色に染まっていくあの子が昔から目障りで仕方なかった」



ぽつりぽつりと小雨を降らすように小さく、珍しくイーゼンブルク家の話をするイザベルに、ドロテーは黙って耳を傾けていた。



「……あの家にあたしの味方は誰も居なかった。あたしはあの子に、一緒にイーゼンブルク家を嫌いになってほしかったのよ」



目を瞑ったイザベルの脳裏に蘇るのは、まだ幼い頃、ちょこちょこと自分の後を追ってきていた小さなカトリナの姿。無垢な少女が徐々に家の思想に染まり、偏っていくのを、イザベルは一番近くで見ていた。


そうしていつしか、拒絶したのだ。



「それは、ワガママだよ、イザベル」

「――……」



ドロテーが、真っ直ぐとイザベルを見て言い放つ。イザベルが少し驚いてそちらを見た。



「勝手に期待して、失望して、嫌いになっているだけ。公私混合して、オペラの仕事をおざなりにする程の理由には、わたしには思えない」

「……」

「お、お節介かもしれないけど。オペラの仕事を全うしてくれてたら、わ、わたしが言うことは何もないんだけどっ……そ、その、イザベルのその気持ちは、カトリナちゃんに言ったの?――分かり合えるなんてことはないかもしれないけど、でも、イザベルは、相互理解をするための努力を怠っていると思う」



イザベルが、魔法の靴に関する記録が乱雑に広がっているテーブルの上に、ティーカップを置いた。



「……そうね。あたしはカトリナの姉である前にオペラ幹部だから。あの子じゃなく、“この学園の生徒”を助けに行くわ」



そして、この件に関してずっと重かった腰を上げる。




石化魔法はミーズの血を引く王族にしか扱えない。


レヒトの国の王族は、王政廃止と同時に処刑された。




すなわち、石化魔法を解ける魔法使いは現在――



王政廃止後も生き残った、王族の血を引く唯一の家系、イーゼンブルク家にしか



存在しないということである。




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魔力の塊をビームのように打ち込んでくる魔女の魂相手にブルーノは苦戦していた。


片腕は石化され動かせない。石化の影響で血の流出が止まったのは幸いだが、戦ううえでは不便なことこの上なかった。


そこへ。



素早い走りでミアを乗せてブルーノのところまでやってきたロッティが、魔女の魂に向かって口から火を吹いて応戦する。


驚いた様子のブルーノだが、すぐに険しい表情でミアに注意する。



「戻れ。危ないだろ」

「そんなボロボロで何言ってんの!乗って!」



ブルーノをロッティの上に半ば無理矢理引き上げたミアは、魔女の魂がこちらへ攻撃をしかけてきているのを見て、「ロッティ逃げて!」と指示する。


ロッティが雪を蹴って走り出す。魔女の魂の攻撃もロッティの足には追いつけず、ロッティが走った後の地面が石化していくだけだ。




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