新学期
闇の魔法の国、レヒト。
そこには数々の魔法使いたちがいる。
レヒトでは、十数年前の王政廃止と同時に身分制度もなくなり、それまでの身分とは関係なく自由に職を選べるようになった。
たとえば農業。
魔法を使って天候を制御し、適切な環境を作り出して作物を生育している。レヒトの国の植物の生育に光は必要ない。
工業。
魔法を使って製品の品質を向上させたり、生産効率を高めたりしている。
医療。
魔法を使って病気や怪我を治療したり、薬の開発をしたりしている。人の命に関わることは繊細なコントロールが必要な魔法のため、国から認定されている魔法学校の卒業生しか重要な手術や薬の開発には携われない。
軍事。
魔法を使った防衛システムの構築や国内の重要施設の結界、兵器を管理している。
魔獣のいる場所は近付いてはならないとされているが、狩りに行く人もいる。国交断絶しているリンクスの国の花や作物が密かに人気で一番儲かるため、魔法を使ってこっそり行き来する犯罪者もいる。
そんな、あらゆる分野において魔法が中心的な役割を果たしているレヒトで、優秀な魔法使いたちを数多く輩出しているのがフィンゼル魔法学校だ。
――……そんなフィンゼル魔法学校にも、新しい年が訪れる。
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「ミア、何してますの。そろそろ始業式が始まりますわよ」
《知の部屋》二年、カトリナがミアを呼ぶ。
中庭で魔法の練習をしていたミアが振り返り、「え!? もうそんな時間!?」と水魔法を解除する。上空に浮かんでいた池の水が元に戻っていった。
「早くしないと置いていきますわよ」
「先行っといて! 私まだおしっこ行ってない!」
「おしっ……な、なんて下品な! お花摘みとおっしゃい!」
カトリナは顔を真っ赤にして叱った後、手洗い場に走っていくミアの背中を見届けてからこほんと咳払いする。
ふと池の奥の方に視線を移せば、最近中庭にできた魔法訓練用の木の的が、ミアの魔法で全て破壊されていた。保護魔法が仕掛けられており、強度は確かな的がだ。
カトリナはそれを見て顔を顰めた。ミアは以前までは弱点であった魔法の精細なコントロールまでうまく習得している。
《知の部屋》の生徒たちは切磋琢磨し、各々才能を磨いている。勉強面においてカトリナがトップなのは変わらないが、魔法の技術面においてミアは《知の部屋》内で頭一つ抜けている。元々魔法を重視しないクラスなのだから、そこに異様なまでの魔法の才のある生徒がいればそうなるだろう。
「……一年次の宝探しの日から、ミアの成長は著しいものですわ」
「カトリナ様が素直に褒めるなんて珍しいですね」
「ほ、褒めてませんわ! 成長速度が異常だと言っていますの。わたくしも負けていられません」
隣のクラスメイトたちにからかうような視線を向けられ、咄嗟に否定する。
「カトリナ様の成長も凄まじいですよ。新学年になってからもますます成長していくことでしょう。ふふ、二年生のネクタイもよくお似合いです」
別のクラスメイトが微笑んで言った。彼女たちは日に日にカトリナへの愛が深まっているようだ。
フィンゼル魔法学校は学年によってネクタイの色が違う。一年生の時緑だったそれは、今や赤色になった。カトリナはネクタイを締め直して気合いを入れる。
「――二年生ではオペラ見習いの選抜があります。他クラスの生徒に遅れを取らないよう、わたくしも頑張らねばなりませんわね」
オペラ見習い。二年生の半ばでそれまでの成績などを元に決定される、次期オペラ幹部候補のことだ。
オペラ見習いにはオペラとほぼ同等の権限が与えられる。オペラ見習いとして活躍すれば、三年生に上がると同時にオペラとして活動できるようになる。
オペラ見習いは複数人選抜されるが、その中から実際にオペラになれるのは学年全体の中でたった二名。
敵は《知の部屋》の生徒だけではない。
(でも、最近のミアを見ていると……)
ミアは只者ではないと、カトリナは確信している。過去にカトリナが平民の子だと馬鹿にした彼女は、おそらくはイーゼンブルク家の血を引くカトリナ以上の潜在能力を持っている。そんなミアの姿を見て――カトリナは少しだけ、自信を喪失していた。
(……わたくしらしくもない)
カトリナはぎゅっと拳を握り、始業式が行われるホールに向かって歩き出した。
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ホールに向かって歩いていたブルーノとテオは、慌ただしく廊下を走っている一人の少女を見かけた。金髪の長髪を揺らしながら走っていた彼女は、ブルーノたちを視界に捉えて急停止する。
「あっ、ブルーノ、テオ!」
ミアだ。一年生の頃と比べて少しだけ身長が高くなった。
宝探しの後、ミアはアブサロンの調整により女子寮の部屋に入ることになり、ブルーノたちの部屋からはいなくなっている。それに伴い、ミアとブルーノたちの距離は少しだけ遠くなってしまった。加えて長期休みも挟んだため、会うのは久しぶりだ。
「今年度もよろしくね!」
「……ああ」
ブルーノが少し目を逸らして答える。
「走りすぎて転けんなよ~」
テオは走り去っていったミアの後ろ姿に向かって笑いながら注意した。ふとブルーノの方を見れば、浮かない顔をしている。テオは、以前からミアを前にした時のブルーノの様子が少しおかしいことを感じ取っていた。
「お前さ、ミアと何かあったか? お前ら、なーんか前までと違うっつーか、よそよそしいっつーか……」
「……気のせいだろう」
「ふ~~~ん?」
疑わしく思ってじろじろ見つめていると、「それより」とブルーノが話をすり替えてきた。
「お前こそ何かあったのか?」
「あ? 俺?」
「休み明けから、寮の規則を破ってまでどこかに行ってるだろ」
「……」
寮では原則、夜間の無断外出は禁止されている。しかし、テオは最近毎夜抜け出していた。
ブルーノが寝た後にこっそり部屋を出ているつもりだったが、気付かれてしまっていたらしい。意外と見ているんだなと思い、テオは苦笑した。
「何もねーよ。外で魔法の練習してるだけだ」
「……そうか」
ブルーノはおそらく納得はしていないのだろうが、それ以上聞かずにいてくれた。
「つーか、俺らも急がなきゃヤバくね? 早く行こーぜ」
ブルーノを急かして走り出す。
(……何かあったのか、か)
テオにはもう時間が残されていない。
だから最後の悪足掻きがしたい――なんてことは、親友には言えない。
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