知の部屋 ③





この階段はオペラ幹部が近付かなければ発動せず、また、登っても体力の減りがない。


一歩進む事に階段が動き、数倍速で最上階まで辿り着く。


本来寮の内部から自分の階へ登らなければいけないところが、外から一直線で行ける好待遇。オペラにしか与えられないものだ。



決闘ドゥエルの件は自分でどうにかしろ。俺たちは手を貸さねぇし、つーかどうにもできねーし、目立つのはもう避けられねぇだろうから、とにかく自分が部外者だってことだけはバレねぇように徹しろ。俺たちのためにも、お前のためにもだ」



テオがひたすら釘を刺しているうちに、最上階にはすぐに到着した。


テオが壁に手を付くと、真っ黒な壁が怪しく揺らめき始め、テオの体が中へと入っていく。


その様子を見て驚いたミアにテオが手を差し出し、ミアがその手を受け取ると壁に引っ張られ、次の瞬間ミアたちは玄関にいた。



「帰ったぞー」



扉を一枚開けると、変わらない一面ガラス張りの部屋が広がる。


キッチンの正面に位置するテーブルには、出来立てのスープや肉料理が置かれていた。


作ったのはどうやらブルーノのようで、小型の写真機で写真を撮っている。



「お前飯作るなら言えよ!外で食べてきちまったじゃん」

「一人分しか作っていないから問題はない」

「それはそれで酷ぇな」

「何でわざわざ写真を撮ってるの?」

「あー、ミアは知らねぇか。こいつ学内の写真共有システムで料理アカウント作ってて、そこに写真上げてんだよ。フォロワー数千人のガチ勢」



ミアの質問にブルーノよりも先に答えたテオは、テーブルに置かれた料理をつまみ食いした後、ふと思い出したかのように言った。



「そういやブルーノ、今日の学内新聞見たか?」

「靴の話だろう」

「さすがぁ。」

「靴の話って何?」

「何事にも興味津々だなお前は……。」



身を乗り出して聞いてくるミアに半ば呆れながら、指を鳴らして使い魔に学内新聞を持ってこさせるテオ。



「この学園内のどこかに現れて、女生徒を虜にする魔法の靴だよ。マジでそんなんがあるのかは分かんねーけど」



ミアはテオの使い魔から新聞を受け取り、その一面を見た。



魔法の靴とは、この学園の七不思議の一つである。


赤、黒、ピンク――その時々で目の前の女の好みの姿に変わり、“履きたい”と思わせる魔法の靴。履いた者は悪魔に魂を奪われ、人が変わってしまうという。


ただの七不思議。以前なら生徒皆そう捉えられていたのだが、今その靴が話題に上がるのには理由がある。――最近になって実際の目撃情報が増えたのだ。



「新聞部も暇なんだな」



ミアの隣で新聞を覗き込みながら、ブルーノは興味なさげに言う。あまり信じていないようだ。


しかしテオの方はあながちただの七不思議とも思っていないようで。



「“あの”新聞部だぞ。厄介ごとをすぐ拾ってくるので有名な」



テオの言わんとしていることはブルーノにも分かった。

新聞部はいい加減な部分もあるが幅広くネタを拾うし、彼らの拾ったこういったネタは――何かと事件に発展しやすい。事件を嗅ぎ付ける才能のようなものすら感じる。



「今回も大ごとになるって言いたいのか?」



前は女子寮が大火事に、その前は学園内に潜んでいた脱獄犯が逮捕された。


新聞部が記事にしていたちょっとしたネタが大きな事件に繋がっていた、なんてことは過去何度かある。



「まァた俺たちの方に話が回ってくるなんてこともあったりしてな」



やれやれといった様子で大きめのソファに寝転がるテオ。




ミアは立ったまま、そのインタビュー記事を長く読み込んでいた。






夜も更けきった頃、使い魔に作らせた仮のベッドでミアを眠らせたブルーノとテオは、窓を開けて夜風に当たりながら晩酌する。



「なあ、ブルーノ、本当にこのままあいつをここに置いといていいと思うか?」



シャワーを浴びた後の二人は、心地よい涼しさを感じながら前回飲み損ねたワインを嗜んでいた。



「あいつ決闘ドゥエルするんだってよ。来週の定例会議で議題に上がるだろうな」

「……なぜそんな事態に?」

「知らね。そういや聞いてねぇな。でも理由聞いたところでそうなっちまったことには変わりねぇし。自分でどうにかしろっつっといた」

「多数決で可決されなければいいだけだ。先輩に事情を説明して協力を……」

「どの先輩にどう説明して協力を仰ぐんだよ。あの人たちにもオペラとしての立場がある。俺らが外部の人間を匿ってるって分かったら、俺らはともかくミアを消しかねない」



はあ、と深い溜め息を吐いたテオは、俯いて熱い額を押さえる。



「……俺守れって言われたんだよな。ミアを」

「アブサロン先生にか?」

「いや、【魔法使いの弟子】のオーナーに」



ブルーノの眉間に皺が寄せられる。何か不可解なことについて考える時の表情だった。



「あの人に言われたら、俺逆らえねぇわ。」



酔っていることもあり、分かりやすく項垂れるテオ。


せめてミアがもう少し大人しく、言うことをきちんと聞いてくれて、扱いやすい人間であればよかったのだが。



「……なら俺たちの目標は、ミアが外部の人間であることを隠したまま、安全に元いた場所に戻ってもらうことだな」



テオより酒に強いブルーノは顔を赤くする様子もなく、今後の方針を纏める。


しかし家族の元に返すためには、ミアに記憶を取り戻してもらうことが必要だ。


あの様子では記憶が戻る兆候はない。


誰か他にミアを知る人物がいればいいのだが――と考えたところで、やはり気になるのがオーナーがテオにミアを守れと言ったのは何故なのかだ。



「オーナーはミアを見てどう言っていたんだ?」

「ミアのこと知ってんのかって聞いたら、“いずれ分かる”だとよ」

「……“いずれ分かる”……」

「言葉通りに受け取るなら、今は待てってことだよな。ったくあの爺さん、いつも大事なことは話しやがらねえ」



テオとブルーノの間を柔い風が吹き抜ける。


今夜は風の精霊たちがご機嫌なようだ。



「俺たちは厄介ごと抱えて弱ってんのに、呑気なもんだな」



テオは遠くで楽しそうに踊る精霊たちを見ながら、また深い溜め息を吐いた。





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