知の部屋 ②





魔法の練習が終わった後、ミアは教室でテオとブルーノを待っていた。


寮の最上階への出入りは最上階に住む者が同行していないと無理だからだ。


保健室に空きがないのなら教室で寝てもいいとミアは言ったが、校舎内は夜間ゴーストの魂が飛び交うらしく、それは危ないとアブサロンに言われた。



迎えにきたのはテオだけだった。

ブルーノは雑務で忙しいらしい。



「お前、晩飯食べた?」



頭を掻きながら聞いてくるテオに、ミアはふるふると首を横に振った。



「あーそ。じゃ、カフェでも行くか。中央食堂はこの時間帯混むしな」



テオはくあぁ、と欠伸をしてから、ミアの隣を歩き始める。


放課後のため生徒は少ないとはいえ、廊下を歩いているとちらほらと残っている生徒を見かける。


三年生のツートップの一人となるとかなり知名度があるため、テオが通ると生徒たちがチラチラとテオの方を見る。



看板に【魔法使いの弟子】と書かれたカフェに入店すると、色とりどりに光るソーダがカウンターに並んでいた。


小さな瓶や謎の液体が入った試験管、小さな妖精の標本に鉱物……ミアにとって様々な見慣れない物が置いてあるうえライトは暗めで、何だか恐ろしい雰囲気を醸し出している。



「おお、テオくんじゃないか。夕食かね?」



年配のオーナーらしき人物がテオの元へやってくる。



「そちらは新しい彼女かな」

「ちげーよ!俺こー見えても今の彼女に一途なの。こいつは後輩」

「ほほう、それは失礼した……Aセットでよろしいかな」



そう言ってオーナーが店の奥をちらりと見ると、使い魔たちが即座にセットメニューをミアたちに近い二人席に置いた。



「さんきゅ!」

「ごゆっくり」



早速椅子に座り食べ始めるテオに合わせてミアも椅子に腰をかけ、周りの様子を見る。


客数は少なめだ。



「どうだったよ、初日は」



ミアが食事に口をつけ始めると、テオが話を切り出した。



「テオ、私決闘ドゥエルすることになった」



ぶっと白色のソーダを吹き出すテオ。



「は!?なんて!?」

「だから、ドゥエル……」

「自分の立場分かってんのか!?」



テオは口を拭きながら思考を巡らせた。



決闘ドゥエルの許可はテオたちオペラが出す。


定期的に行われる会議で提出されたドゥエル申し込み用紙を確認するのがオペラだ。


テオとブルーノだけなら承認せずに済むが、幹部はテオたちだけではないため、多数決で可決されてしまう可能性は十分ある。


それに、いつも適当にドゥエルの申請を承認しているテオがこの件に関してのみ反対するというのも、他の幹部に怪しまれてしまうだろう。




「つーか、魔法使えねーくせにマジ何やろうとしてんの!?」



色々と指摘したいことはあるが、まず出てきたのはそこだった。




「使えるようになったよ」



けろっとした顔で男子生徒にもらった杖を取り出したミアは、見てくれと言わんばかりにそれを振る。


ミアとしては魔法が使えるようになって嬉しく、すぐにでも使いたい、見てほしいという気持ちが強く出た無邪気な行動であったのだが――





魔法茶の調合に必要な植物の入った瓶が一斉に割れ、テーブルが次々と木っ端微塵に砕け、椅子が爆発した。





咄嗟にテオはミアを俵担ぎし、全力で逃げた。



「何やってんだよぉぉぉぉおおおおお!!」



ミアはテオの焦りようが面白く、思わずケラケラ笑ってしまった。



テオは思う――――この娘、闇の素質がある、と。



「あそこのカフェのオーナーまじ怖えーんだからな!ああ見えて歴代オペラの三大魔法使いって言われてるこの学園の卒業生で……」


「テオくん、わしの店になんてことをしてくれたんじゃ」

「……っ!!」



爆発が起きてからすぐに走り出したにも関わらず、オーナーの爺さんはいつの間にかテオのすぐ後ろを走っていた。


足腰が弱くなっていてもおかしくない年齢ではあるが、水の魔法で足元に水を発生させ、水流でここまでやってきたようだ。



ミアを担いだまま廊下を駆け巡るテオは、片手で何とか魔法の杖を取り出すと、振り返って構える。



「ラッセン・シュナイエン!」



――雪の魔法。


テオが最も得意とする魔法だ。



雪崩のような雪が発生し、オーナーとテオたちの間の通路を塞いだ。



「こんなことしたら火に油じゃない?」

「今あの人とやり合うのはまじぃんだよ!激怒した直後のオーナーは本気で殺しにかかってくるからな!ちょっと熱を冷ます時間がねぇと……つーかお前重いわ!事の重大さが分かったら自分で走れ!」



テオがミアを放り投げる。身軽なミアは受け身をして転がった後に立ち上がり、そのままテオと並走しだした。


走りながら振り向くと、いつの間にかテオの生み出した雪が溶けていた。



「あれ?オーナーは……」

「ッうわあああああああ!!」



ミアが疑問を感じて呟いた次の瞬間、その小声とは比にならないくらいの大声でテオが叫んだ。


立ち止まったテオにぶつかって転んだミアは、いつの間にか先回りしていたカフェのオーナーを見上げて、長く真っ白な髭が綺麗な人だと呑気に思った。


目の前に立っているだけで凄い威圧感だ。気楽に構えているのはミアの方だけだろう。



「テオ。私に考えがある――こういう時こそ、平謝りだよ」



立ち上がったミアは、テオの目を見てそう言った。



テオももう逃げられないことを覚悟し、確かにそれしかないと思って勢いよく頭を下げる。



「ごめんなさい!!」

「すみませんでした!!」



二人の謝罪が廊下に響き渡った。



あれ?悪いの俺じゃなくね?と頭の片隅で不服に思いながらも、殺される覚悟でぎゅっと目を瞑るテオ。



「謝罪で済むなら闇の魔法は要らんのだよ」



オーナーが二人の頭上で手を振り上げる気配がする。


何か大きな魔法を発動させる時の動作だ。


やっぱりだめだ――何とかしてこの場から逃げなければ殺される、とテオは最終手段として転移の呪文を唱えようとした。


転移魔法は魔力の消費が激しい分犠牲が付き物で、腕の一本二本飛んでもおかしくはない。


とはいえ腕は治癒魔法でどうにかなるし、ここで死ぬよりはマシだろうと思った、のだが。



テオが魔法を発動させるよりも先に、オーナーがぴたりと動きを止めた。




オーナーの目は、頭を下げるミアの首からぶら下がる鍵に向けられていた。



「――――何故」



二人がおそるおそる顔を上げると、オーナーは化け物でも見るかのような目でミアを見ていた。




「何故、ここへ」



ミアはその質問が誰に向けられているのか分からず答えられずにいる。けれど、視線の方向としては絶対にテオではない。



オーナーはしばらく口を開けたままミアを見ていたが、「そう……か」と一人納得したかのように天井を見上げて呟いた。



「あれから20年か……」



オーナーの敵意が見るからに消えてほっとしたものの、ミアとテオの頭上にはクエスチョンマークが浮かぶばかりだ。


と思えば、急にオーナーが顔を正面に向ける。テオもミアもびくっと肩を跳ねさせた。



「テオくん、君はこの子をまもりなさい」


「あ……?」

「今回のことはそれでなしにしてあげよう。修復魔法を使えば明日にはいつも通り開店できるからの」



テオはミアを見た。こいつを守ればなしにする?どうしてだ、と不可解な発言を呑み込み切れずに、またオーナーに視線を戻す。



「あの、オーナー」

「なんだね」

「こいつ、知り合いですか」



オーナーは白い髭を撫でながら、ふぉっふぉっと爺さんらしく笑った。




「いずれ分かる」






  :

   :

  :



「……なんだったんだよ、あの爺さん」



疲れ果てた様子で寮へ続く廊下を進みながら、テオはブツブツと文句を言う。


今日は散々な目に遭った。預かった部外者の娘が決闘ドゥエルに参加するなどと言い出すし、オーナーの店を破壊して自分まで追い掛け回されるし……。


テオの目にはミアが、いよいよ疫病神として映ってきた。



「なあ、ミア」

「なあに?」

「ドゥエルするってことになっちまったもんは仕方ねぇし、今更どうこうできる話じゃねぇから別にいいけどさ。俺はともかく、ブルーノに迷惑かけんなよ」



本来ならばミアは、ここにいてはいけない立場なのだ。

それが明らかになった時、誰が責任を負うかと言えば、ブルーノとテオだろう。


特にブルーノは真面目で、聞かれれば全て正直に答えることが予想される。彼は言い逃れなどしない。


テオはこの程度のことで責められてものらりくらりと嘘で躱す自信があるため、一番の刑罰の対象となるであろう魔法使いは正直者のブルーノなのだ。


この件がブルーノの進学に影響することを、テオは何よりも危惧していた。



「別に今すぐ治安部隊に引き渡したって俺たちは何も困らねぇんだ。お情けとアブサロン先生の気紛れでここにいれてるってこと忘れんな」



厳しい言い方にはなるが、ミアには自分の立場を理解してもらわないと困る。


しかしミアはテオの望んでいたような反応はせず、目をキラキラさせてテオを覗き込んだ。



「テオは友達思いの良い人なんだね」

「……別に褒めてくれとは言ってねぇよ」

「やな感じの人だと思ってたからギャップで好感度爆上がりだよ」



(俺やな感じの人だと思われてたのかよ)


失礼な奴だな、とテオは歩きながらじとっとミアを睨む。




しかし効果はないようで、ミアはけらけら笑いながら言った。



「大丈夫だよ。ブルーノとテオがピンチになったら、私が助けてあげるから」



廊下に僅かな明かりをもたらしている炎たちが、ミアの白い肌をややオレンジがからせて照らしている。



説得力など皆無なはずのその言葉がなぜか力を持って感じられるのは、この薄暗い雰囲気のせいだろうか。



「どっから出てくんの?その自信」

「分かんない。でも私なら助けられる気がする」

「お前研究者にだけはなるなよ」



根拠のないこと言うなよ、という意味でテオは嫌味を吐いた。



「それから、慣れてねぇのにむやみに魔法使うのも禁止だ。さっきみてぇに色んな場所破壊されたらたまったもんじゃないからな」

「はーい」



ミアのゆるゆるとした返事に、ほんとに分かってんのか?と疑念を抱きながら、寮の最上階へと続く、《星の階段》と呼ばれるほど煌びやかに輝く薄い布のような階段を上がっていく。





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