疑念と恋の自覚 ②



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夕方となり、宝探しイベントの終了時刻が迫る中、校内のあちこちで騒ぎが起こる。



「はぁ!?これまでゲットしたはずの宝が全部なくなってる!?」

「結界で守ってたんだろ?」

「どうなってんだよ……」



《知の部屋》、《体の部屋》、《北の部屋》の3クラスは大混乱に陥っていた。




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「……………………」



その頃、サボろうとして静かな魔法図書館にやってきたカトリナの姉・イザベルは、蔦で拘束されたまま大きなイビキをかいて眠っているミアを発見してしまった。


見なかったことにして一度はくるりと踵を返したが、ミアが自分の妹を助けるために尽力してくれていた姿を思い出し、ふう……と大きな溜め息を吐いて、もう一度ミアの方に向き直った。



「……“ベフライウング”」



緩く杖を振って呪文を唱え、ミアの身体に巻き付く蔦を消す。


蔦がなくなったことで地面に倒れ込み頭を打ったミアはさすがに目を覚ました。



「はっ!! ここは……あっ私寝てたのか……」



体を起こし勢いよく周りを見回してイザベルの存在に気付いたミアは、杖を手に持っていることから、イザベルが助けてくれたのだと察する。



「ありがとう!助かった。えっと、名前は……」

「……あたしを見て誰か分かんないわけ?」



イザベルは怪訝そうに目を細めた。


灰色の短髪と赤い目を持つ、オペラ所属イーゼンブルク家の長女。その家柄と実力から、この学園内で知らない者は居ないはずの存在だ。



「随分とぼうっとしながら生きてるのね。あたし、アンタが仲良くしてるカトリナの姉なんだけど」

「え、カトリナのお姉さん?」



それを聞いた途端、ミアはイザベルの手を取って焦った様子で誘った。



「ってことは《知の部屋》の生徒だよね!?一緒に宝探しに行こう!?私ずっと爆睡かましてたからカトリナに怒られそうで……!」



《知の部屋》には学園に多額の寄付をしているお金持ちのご子息ご令嬢が多いと聞いている。


イーゼンブルク家のイザベルは、ミアの予想通りカトリナと同じ《知の部屋》所属だ。


しかし、当の本人はあまりイベントごとに興味がない性格である。



「いやよ。めんどくさい。勝ったところであんまりメリットないし。それに、もう終盤よ?」

「終盤……?」



ミアがびっくりして壁にかけられた時計を見る。そして、自分が夕方まで眠っていたことに驚いて放心した。



「今ってどういう状況なの?」

「さあ。中間報告ではボロ負けだったけど?」

「ボロ負け?カトリナがいるのに?」



心底不思議そうに首を傾げたミア。


カトリナやカトリナ信者たちの結束力がどれだけ凄いかは、ミアが一番近くで見ている。


集団で競うタイプのイベントごとにはそれなりに強いと思うのだが……と違和感を覚えた。



「――いや、諦めちゃだめだ!ここで諦めてたらカトリナにもっと怒られる!」



考えながら俯いていたミアは急に顔を上げて、イザベルの手を掴んだまま魔法図書館の出口へと向かっていく。



「ちょ、ちょっと」



イーゼンブルク家の長女として生まれてこの方、ここまで無礼で強引な扱いを受けたのは初めてで戸惑うイザベル。


びっくりしてその手を振り払うことも忘れ、引っ張られるままに図書館の外へ出た。




そこで、ミアがぴたりと足を止める。



「――――……凄いね」



何もないはずのフローリングをじっと見つめて、そう言った。



「これは絶対勝てないよ」



そう言って、苦笑したのだ。




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――――最終報告。




優勝 《占の部屋》


準優勝 該当クラスなし




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「くっそー!どうやったんだよ《占の部屋》!」

「まあしゃあないやろ。それより打ち上げ行こうや」

「《占の部屋》ってこれまでこんなイベントに力入れてたっけ?」

「やっぱ敵に回すとこえーなあ」




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「あーあ。賞品のリゾート地への旅行券、欲しかったんだけどな~」

「まじそれな。彼女と旅行行きたかったわ」

「俺もー。」

「テオって彼女と1年に1回しか会えないんじゃなかったっけ?」

「んー、まあ、そんな感じ。」

「ナニソレ。彼女、親厳しいの?……つーかそのハヤブサ何?」



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「カトリナ様、そう落ち込まないでください」

「くっ……。必要なのは反省と分析ですわ!来年こそは勝ちますわよ!!」

「失敗を次に活かすその姿勢、素敵です!!」

「さすが我らがカトリナ様!!」

「カトリナ様バンザイ!!」




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無念の結果に終わったクラスがそれぞれ嘆く中、男子寮と女子寮の最上階を繋ぐ連絡通路の横、空中に浮かんだミーティングルームで、早めに揃ったオペラの幹部はイベント後のアンケート集計を行っていた。


早めに揃った幹部と言っても、居るのは友達の少ない一匹狼タイプの二人、イザベルとブルーノだけだ。


他の幹部は同じクラスの人間と話し込んでいて遅れている。



「今年はアンタのクラスの圧勝だったのね~」



イザベルが集計結果が書かれた紙を見ながら意外そうに言う。


《占の部屋》の生徒は大人しめの人間が多く、あまりイベントへのパッションを感じることはなかった。



「そういえば、アンタが仲良くしてるミアっていう1年生と今日初めて喋ったけど」



黙々と机と向き合っているブルーノに向けてそう声をかけると、ブルーノがようやく顔を上げた。



「変わった子ね。何もないところを見て“これは絶対勝てない”とか何とか独り言言ってたわ」

「――――……」

「不思議ちゃんなの?」

「……否定はできないな」




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夜も深まり、広いグラウンドでは宝探しイベントの打ち上げのキャンプファイヤーがあちこちで行われていた。


夜は危険なゴーストが集まる時間帯なのだが、今日ばかりは特別に教員たちがグラウンドに結界を張り、ゴーストから生徒たちを守っている。




生徒が誰一人いない校舎内の薄暗い廊下から、ミアはキャンプファイヤーの様子を見守っていた。


そこへ、こつりこつりと靴音を鳴らして近付いてくる者がいた。



窓枠に頬杖をついていたミアは、人の気配に気付いて顔を上げる。


ミアの方に歩いてきていたのはブルーノだ。



「こんなところで何をしてる?キャンプファイヤーには参加しないのか」

「私、イベント中爆睡してたからカトリナと顔合わせづらくて……。っていうか、それを言うならブルーノもじゃん。こんなところで何してるの?」



外灯はもう消えている。


窓の外、遠くのグラウンドで行われるキャンプファイヤーのオレンジ色の炎の灯りだけが、ミアとブルーノを照らしていた。



「お前を探していた」



ブルーノは端的に答え、その場で立ち止まる。


ミアからそう近くはない、少し距離の空いたそこで。



ブルーノの様子がいつもとは違うことに気付いたミアが探るように黙り込むと、ブルーノが尋問のような口調で聞く。



「お前は何だ?本当はもう、記憶のほとんどは戻っているんじゃないのか」

「……」

「本来、この程度のイベントにあれだけ大掛かりな闇の魔法は使わない。俺があれだけ加担したのは、お前の動向を探るためだ」



ブルーノの質問に何も答えないミアに対し、ブルーノは「聞き方を変える」と付け足し、再びこう問うた。




「お前はトーアの魔法使いか?」




それでもミアは、無表情のまま何も答えない。


ブルーノはその態度を見て苦しそうに顔を歪める。




「お前がトーアの魔法使いなら俺は――――……今すぐにでも、お前を殺さなければならなくなる」




しばらくの間、互いの間に沈黙が走り、無言で見つめ合う時間ができた。


ミアの表情からミアが何を考えているのかは読めない。



ゆらりゆらりとグラウンドで揺れる炎が、より一層燃え盛っている。


ミアの次の言葉を待つブルーノに向けて、ミアがようやく口を開いた。




「できないよ。」

「……は?」

「ブルーノにはできない。私を殺せないよ。だって私のこと好きでしょう。妹みたいに思ってくれてるよね」

「……」

「私がここでどう答えたところで、ブルーノは何もできない。今のブルーノじゃ、無理だよ」



ミアは酷く落ち着いていた。


微笑んですらいた。


ブルーノの思考の全てを見透かすように。



気になる点はずっと前からあった。


ブルーノ自身が、ミアと仲良くなっていくうちにそこから目を背けていただけだ。



自分を誤魔化してばかりもいられなくなったのはあの時――……ミーズの魂を光の渦で包み込んだミアを間近で見て、あまりにも似ていると思ったのだ。





幼い頃読んだお伽噺に出てくるトーアの魔法使いに。




トーアの魔法使いは、


マギーと魔法使いを滅ぼす呪いの子。




そんなお伽噺を信じる理由がブルーノにはある。


そんな存在を討たなければならない理由も。



「お前は――」

「踊らない?ブルーノ」



ブルーノの言葉を遮るように、ミアが手を差し伸べる。



「殺すとか物騒な話、怖いよ。楽しく踊ろう。こんないい夜は」

「……」



そう笑いかけるミアはどこからどう見ても年相応の可愛らしい普通の娘で、お伽噺に出てくる邪悪なトーアの魔法使いにはとても見えない。



その笑顔に引き付けられるかのようにブルーノはその手を取り、僅かに聞こえてくる遠くのグラウンドを飛び交う妖精たちの演奏に合わせて、踊りだしていた。


しかし、ミアが躓いたことによってすぐにそのダンスは中断される。



「ごめん、私踊り方分かんないや……見てる分にはいけそうと思ったんだけど」

「……」

「なんかこうやって手を上げてここを潜ればいいんだよね?」

「違う」

「えっ違うの?じゃあここで回ればいいんだ!」

「それも違う」



単純なダンスであるにも関わらず不気味な動きを繰り返すミアに、ブルーノは思わずふっと破顔する。



「教えてやる」



ミアの手を引き、腰を抱いた。



見下ろした先に居るのは、少しお転婆で出自不明の、いつも自分たちを振り回す、自分たちと同じくらいの年のただの少女。



(……勘繰りすぎたかもしれないな)



そう思った。


いや、そう思いたかったのかもしれない。



二人以外には誰もいない校舎の暗い廊下で共に踊りながら、ブルーノは自覚せずにはいられなかった――――




このミアという疑うべき少女に、自分が惹かれていることを。






かちり。

時計の短針がXIIIを指し、

これにて運命が動き始めた。




【一年生編 終】


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