疑念と恋の自覚
一方その頃、校舎裏では。
「おほほほほほ!」
――カトリナの悪役さながらの邪悪な高笑いが響いていた。
カトリナの手には大量の魔法の玉が入った袋がある。それはカトリナが元々持っていたものではなく、《北の部屋》の生徒がこっそりと運んでいたものだった。
「あれはイーゼンブルク家の……!」
「クソッ舐めてたぜ、《知の部屋》!」
彼らは魔法を重視しないとされる《知の部屋》の生徒相手に油断したのだ。
《知の部屋》の生徒であれば魔法で打ち勝てると――余裕だと考えていた。
「たまりませんわ!その格下だと勘違いしていた相手に敗北してしまう屈辱の表情……ッ!」
「カトリナ様!お気持ちは分かりますがその態度では我々が悪役のようになってしまいますのでお控えください……!」
横にいるカトリナ信者がカトリナを押さえる。
ハッとしたカトリナは、「こんなことをしている場合ではありませんわね。次は海洋館へ向かいましょう」と真剣な表情に戻った。
フィンゼル魔法学校には、海洋館と博物館、美術館が隣接している一帯がある。
中でも海洋館は水中生物の学習のため生徒たちによく利用されている。歴史的に珍しい生き物も数多く保管されており、外部の研究者たちが許可を取って見学へ来るほどだ。
海洋館へ校舎から行くには地下トンネルを歩いていく必要がある。
カトリナは先程確保した玉を他のクラスメイトに預け、結界魔法を利用して隠しておくよう指示した。
「海洋館へはわたくし一人で行ってきますわ。あなた方は引き続き校舎の周りを探索してくださいな」
そう言い残し、カトリナはハヤブサと共に地下トンネルの入り口へと降りていく。
《北の部屋》から玉を奪い取ったことで、《知の部屋》の現在の順位は上がったはずだ。
しかし《北の部屋》の生徒たちも相当な数の玉を獲得していたのに、それでも《占の部屋》の方が途中結果の順位が上だったことを考えると、なかなか厳しい状況である。
「一体どんな手を使ってますの?《占の部屋》の連中は」
本来、カトリナたち魔法使いは闇の魔力を吸収し、それを風の魔法や火の魔法などに変換して発動する。
闇の魔力を魔法を発動するためのエネルギー源としてはいるが、その魔力をそのまま魔法として利用するということはほとんどできないのだ。
例外は《占の部屋》の生徒たちのような、闇の魔力をそのまま闇の魔法として発動できるような一定数はいる特殊な魔法使いたち。
レヒトの国の魔法使いは全員闇の魔力を利用している分、闇の魔法を感知することができない――自分と同じ匂いに気付かないように。
「やはり、最も警戒すべきは《占の部屋》でしたわね」
すなわち、闇の魔法を利用して何かされていてもカトリナたちには分からない。
感知できないわりに一つの魔法の種類として片付けるには応用力が凄まじすぎる。
カトリナは幼い頃から魔法に関する学術論文などを幅広く読んでいたが、【闇の魔法を使ってできること】に関してだけは、覚えることが多すぎて全てを把握しきれていない。それくらい、闇の魔法でできることは幅広いのだ。
闇の魔法を短期間のうちに何度も発動すると人格が歪むリスクが跳ね上がるので、頻繁に使うことができないという弱点はあるが。
そこまで考えて、カトリナはふと昔読んだ論文のことを思い出した。
「そういえば闇の魔法って……生贄を捧げることで精度が上がるって話もありましたわね……」
その時、ふと前方に人影が見えて立ち止まる。
薄暗い地下トンネルの向こう、誰かが自分と同じ方向へ向かって歩いていた。
生贄なんていう不気味な単語を思い出してしまった直後なので少し怖くなったカトリナだが、目を凝らしてじっと見つめると、それは見たことのある人物だった。
この学園の生徒であれば知らぬ者はいない“オペラ”の3年生、先程から考えている《占の部屋》所属のブルーノだ。
「ごきげんよう」
速足でブルーノに近付いたカトリナが凛とした声で挨拶するが、ブルーノは返事をせず歩き続ける。
その目は前を見据えたまま、カトリナの方に向けられることはない。何かに集中している様子だった。
カトリナは無視されたことに腹が立ち、更に速く歩いてブルーノの前に立ちはだかる。
「ごきげんよう、と言っているのが聞こえませんの?オペラの一員だからといって調子に乗っているのか知りませんけど、挨拶くらい返すのが礼儀ではなくって?」
すると、ようやくブルーノがカトリナの方を見た。
次にカトリナの傍を飛び回っているハヤブサを見て怪訝そうな顔をした後答える。
「何の用だ?俺は宝を持っていないぞ」
「あなたも海洋館の方へ向かうんですわよね?折角ですしお話しましょう。」
カトリナとしては、《占の部屋》所属のブルーノに探りを入れたいところである。
外向きのスマイルで愛想を振り撒き、ブルーノの隣を歩き始めた。
「先日はご迷惑をおかけしたようで。あなたにはお礼ができていませんわね」
「迷惑をかけてきたのはお前じゃない。それに学園で起こった問題に対処するのはオペラとして当然のことだ」
対してブルーノは、テオ以外に友達がいないのがよく分かる、人付き合いをしない者らしい素っ気ない返事である。
「あら、責任感の強いこと。けれどお礼の品は後日きちんと送らせて頂きますわ」
普通の生徒ならブルーノの冷たさに怯んでここでやめるはずなのだが、カトリナは特に気にせず話しかけ続けた。
社交界で鍛えた様々な人間との交流力は伊達ではない。
「わたくしあなたとは一度お話がしてみたかったんですのよ。学者の間でも有名ですわ。離島出身のわりに、最初から魔法が使えたと」
探りを入れるという目的とは別に、カトリナにとってブルーノは、知的好奇心が湧く対象でもあった。
本来離島に居る人間は魔法が使えない。この地に魔力を生み出しているとされる精霊が離島には居ないからだ。
しかしブルーノは例外的に魔法を使うことができ、離島出身でありながらこの学園に入学した。
なぜブルーノが魔法を使えたのか、原因はまだ解明されていない。
「何歳頃から魔法が使えたんですの?周りに魔法がなかったのに、どうして……」
「自分のことを聞かれるのはあまり好きじゃないんだ。悪いが俺に興味があるなら論文にでもあたってくれ」
「…………」
これにはさすがのカトリナも笑顔が固まる。驚きの社交性のなさだ。
(……おかしいですわね)
ドゥエル前、カトリナがミアの様子を見に行った時、ミアがブルーノと一緒に居たことがあった。
その際のブルーノの表情は柔らかく、見かけより友好的な人物なのかもしれないという印象だったのだが……実際に会話をすると、噂通りの堅物だ。
「ミアは一体この方とどうやって意思疎通を……」
「……ミア?」
ぶつぶつ呟いていたカトリナの出したミアという名前に、ブルーノがぴくりと反応する。
「お前はそういえば、ミアと同じクラスだったな」
「……ええ、はい。そうですけれど」
「ミアはクラスに馴染めているのか?」
まるで父親のようなことを聞きますのねとカトリナは内心ツッコミを入れたい気持ちになったが、それについては触れずに答える。
「ええ、もちろん。わたくしに
「……《知の部屋》で2位か」
ブルーノが少し不可解そうに眉を寄せる。
「おかしくないか?」
「……はい?」
「あいつは、何者だ」
「……」
カトリナに聞いているのではなく、ほぼ独り言である。
居るように扱ったり居ないように扱ったりを繰り返され、カトリナはだんだんブルーノに話しかけることに疲れてきた。
「妙な動きは?」
「え?」
「あいつが怪しい動きをしていたことはないか?」
カトリナはクラスでのミアのマイペースな奇行の数々を思い浮かべる。
お転婆なミアは授業で先生の注意を聞かず興味本位で薬瓶を爆発させるなどの問題児だ。テストの成績が良いので先生たちも文句は付けられないようだが。
「怪しい動きというか、問題行動は目立ちますけれども……。何を疑っていますの?ミアは一緒に学園の問題を解決した仲間じゃありませんの。あなたにとっても」
カトリナが不思議そうに問うているうちに、二人は海洋館の入り口に辿り着いた。
すると入り口付近に、水色に光る玉があるのが見えた。
ブルーノより先にそれを発見したカトリナは、まずい、と焦る。
相手はオペラに所属できるほどの実力を持った3年生。タイマンを張って勝つには相手の情報を十分に得ている必要がある――しかし、カトリナはブルーノのことを深く知らなかった。
情報量が少なすぎる。――となれば、より速く攻撃しなければ勝てない。
「――恨みっこなしですわよ!」
これは真剣勝負だと思ったカトリナは、ポケットから出した杖を振り、花の魔法でブルーノを拘束する。
無数の花びらがブルーノの体に重く纏わり付き、その動きを制止した。
急いで玉を拾ったカトリナは、すぐにその場から離れようとした。
ブルーノほどの魔法使いであれば、拘束を解除されるのも時間の問題だ。玉を奪い返される前に逃げなくてはならない。
地面を勢いよく蹴って去ろうとしたカトリナは、しかし自分の足が動かないことに気付く。
下を見ると、地面から黒い煙のようなものが発生し、カトリナを下からゆるりゆるりと包み込んでいく。
――……闇の魔法だ。汗を垂らしながら背後を振り返ると、通ってきた道が全て、黒く染まっている。
こんなにも広範囲に張り巡らされているのにどうして気付かなかったのだろう、とカトリナは唇を噛む。
(先程歩きながら仕掛けていたのは、これですの……っ!?)
何かに集中していた様子のブルーノのことを思い出す。
一度気付けば見えるが、闇の魔法にはこの学園の生徒はなかなか気付けない。
学園中の床に仕掛けられた闇の魔法。それを踏む者が気付かず闇の魔法の影響を受けているとしたら。
カトリナの意識がはっきりしていたのはそこまでだ。
カトリナの血のように赤い瞳が、どんよりとした灰色に染まっていく。
カトリナは無意識のうちに、自分の手の中にある玉をブルーノに渡していた。
数分後、カトリナの目の色と意識が戻った時には、ブルーノはその場からいなくなっていた。
「……あら?わたくし何をしていたのかしら。ああ、そうそう、海洋館の中を探しに来たんでしたわ」
――――第二回中間報告。
《知の部屋》宝の獲得数、0個。
《体の部屋》宝の獲得数、0個。
《北の部屋》宝の獲得数、0個。
《占の部屋》宝の獲得数、126個。
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