宝探し ②



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「え~っと、動物との意思疎通、動物との意思疎通……」



魔法図書館の魔法書コーナーにて、ミアは本を探していた。



(みんなちゃんと宝探しに行ったのに、私だけサボってるみたいだな……)



カトリナとかカトリナとかカトリナにこんな場面を見られては怒鳴られそうなので、ミアはさっさと魔法を身に着けようと必死にこそこそと魔法書コーナーを歩き回る。


すると、随分と高いところに一冊、『初心者でも分かる★世にも分かりやすい動物と会話する魔法』という薄い本が置いてあるのが見えた。



ミアはハヤブサを椅子に座らせ、脚立を持ってきてその本を取ろうとした。しかし、手が届かない。


それでも必死に手を伸ばしていると、ミアの体重のかかる部分が偏り、脚立がぐらりと揺れた。



「……っ!」



脚立が倒れると同時に、ミアの体が落下していく。



急な事態に何もできず、ぎゅっと目を瞑って衝撃に備えたミア。


――――その瞬間、突然自分の中になかったはずの記憶がフラッシュバックした。



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視界がぐらりと揺れる。


目を開けると、そこに広がる美しい青と緑、そして飛行物体。



地球だ、と思った。


遅れて、これは地球じゃないとも思った。


よく似ている。けれど空気が違う。


肌で感じる――ここは地球ではない。


あの世界の裏側にある、物理法則の通用しないもうひとつの惑星。



自分が空の上から落下していくことを知覚した。



「―――― !」



声を張って呪文を唱え、ほうきに跨って飛行魔法を発動する。


ゆっくりと高度を下げながら、地上の様子を見る。


大きな大陸が二つ。こちらから見えない、裏側にももう二つあるはずだ。



「……やっと来れた……魔法の星」



そう言った自分の長い髪が風で大きく揺れていた。



次の瞬間、漆黒の、隕石のような塊が一直線にこちらへ向かっているのが見えた。


警戒して構えたが、時は既に遅かった。


塊は腕に直撃し、ほうきが弾き飛ばされる。


思い出すのはあの――急速に落下していく、感覚。




 :



記憶の映像が止まる時、誰かがミアを受け止めていた。


抱きかかえられた状態のミアは、驚いた顔をして目を見開く。


脚立から落ちたミアを受け止めたのは――モスグリーンの髪をした、この学校の制服を着た美男子だった。


ミアは彼を初めて見た。けれど、どこかで会ったことがある気がした。



「ドジっ娘じゃのう、ミアちゃんは」



美男子はくすくすと笑い、何か呪文を囁いて、倒れかけていた脚立を魔法で元に戻した。



(この人今、杖を使わずに魔法を使った……!?)



ぎょっとするミアをゆっくりとおろした男子生徒は、ミアがハヤブサの隣に置いた杖を手に取った。



「やっぱり。この杖はお前さんに合うと思うたんじゃ」

「……え……?」

「覚えとらんか?俺のこと」



男子生徒がそう言うと同時に彼の身体から白い煙が発生し、しゅううと音を立ててその姿が変貌していく。


そこに立っているのは、顔にそばかすのある地味な見た目の男子生徒。



「あっ!!」



ミアは思わず声を上げ、ここが図書館であることを思い出して慌てて自分の口を両手で塞いだ。



彼は、ミアに中庭で杖を渡した人物だ。杖を返さなければならないものの、名前が分からず探し続けていた。



「どうして姿を変えてるの?」

「俺有名じゃし?そのへん歩いとったら女生徒にきゃーきゃー言われてまうんよ。まあ、この学園のアイドル的存在っちゅうの?」



自分で言うか、というようなことを得意げな顔で言われ、ミアはハハ、と乾いた笑いを漏らす。



「あの、杖本当にありがとう。決闘の時も使わせてもらったし、この杖のおかげで結構魔法が使えるようになって」

「俺の目に狂いはなかったようじゃな。その杖あげる」

「ええっ!?いいの?」

「杖には困っとらんのよ。」



ミアが渡された杖を嬉しそうに握り締めた。


男子生徒はその様子をにこやかに見ていたが、不意に何かに気付いたように表情を変えた。


ミアの腕を掴み、袖を捲り上げる。


急に触れられびっくりしたミアだが、男子生徒があまりに真剣な表情をしているため黙った。



「随分と面倒な奴に目をつけられとるみたいじゃなあ、お前さん。お前さんも、お前さんの作った空間の中におるアレも。……ああ、ひょっとしてアレがお前さんにだけ懐いたんは……」



ミアの腕に黒く色付いた花の形をした傷跡を見つめながら、ぶつぶつと何かを呟く男子生徒。



「な、なに。何言ってるの?」

「いや。色々大変な子じゃなと思って。学園の外には出ん方がええよ」

「え……?」

「もし脅威が学園内に入ってきたら……そん時は、気が向いたら守っちゃるけど。都合よく俺がおるとも限らんしなぁ」



その時、校内にアナウンスが響いた。



『現在の状況を放送します。現在の状況を放送します。現在トップは《占の部屋》!宝の合計獲得数は――』



そういえば宝探しの真っ最中だったことを思い出し、こんなことをしている場合ではないと慌てて落ちた本を拾い上げて開くミア。



「なるほど、動物を利用するんか。ええ手法じゃのう。まあ、頑張りんしゃい」

「……あっ!そういえばあなた、名前は――」




ミアは本から顔を上げて男子生徒の名を問おうとしたが、男子生徒は一瞬にしていなくなっていた。



「変な人……」



ぼそりと呟いたミアは、いつの間にか机に置かれていた『初心者でも分かる★世にも分かりやすい動物と会話する魔法』の表紙に視線を下ろした。


早くハヤブサと意思疎通するための魔法を習得しなければ――けれど、ミアの頭の中は、宝探し以外のことで埋め尽くされていた。


先程頭に浮かんだ映像、否、記憶の断片。あれはおそらく、自分がこの惑星に来た時の――。



(……やっぱり、記憶の混乱なんかじゃない)



自分は元々この魔法の惑星、マギーの人間ではない。


何か成すべきことがあってここへ来たのだ。しかしそれが何だったのかを思い出せない。



「あれ?ミアじゃん」



思考の途中で聞き慣れた声がして、びくりと振り返ったミア。


そこには、少しウェーブのかかったグレーの髪をした男子生徒、テオが立っている。



「お前も図書館に探しに来たのか?……つーかハヤブサ……?」



椅子の上にいるハヤブサを見て怪訝そうな顔をするテオ。


ミアはテオのそんな様子を見てぱぁっと顔を明るくした。



「テオ、動物と会話する魔法分かる?」

「ああ、まあ、ある程度は。」

「やったー!テオ、一緒にお宝探そう?」

「いや俺、《体の部屋》の生徒だし。お前とは敵だぞ?」



ミアはテオの話を聞いているのかいないのか、返事をせずにきょろきょろとテオの周りを見回す。



「ブルーノは?」



いつもセットのイメージがあるため、ブルーノが見当たらないことがとても不思議だったのだ。



「ブルーノは《占の部屋》の生徒だよ。ブルーノとも今回は敵だ」

「なーんだ……残念。一緒に頑張ろうねテオ」

「いやだから俺たちも敵だって」



聞いてんのかコイツ?と思いながら苦笑いをしたテオは、最初は着方が分からないだのと騒いでいたくせに今ではすっかりフィンゼルの制服を一人で着こなしているミアの姿を上から下まで流し見て、感慨深そうに言った。



「いやあ、まさか、マジで正式にここの生徒になっちゃうとはな……」



学園の職員の間ではそれなりに揉めたらしいが、結局はアブサロンの思惑通り、ミアの存在を肯定せずにはいられなかったようだ。


結果的にはアブサロンがまた敵を増やしただけで済んだということになる。



「これで前よりはハラハラせずに済むと思うと俺……俺……」

「私も!これで気を使わず大胆なことできると思うと嬉しいよ」

「ちょっとは遠慮しろ?」



ミアが外部の人間であることを隠すために神経をすり減らしていた日々を思い返し涙ぐむテオだが、当の本人は全く気にしていない様子だ。



テオは能天気なミアをしばらくじとりと睨んでいたが、その後方の椅子に座っているハヤブサに視線を移して――ニヤリと笑った。



「――お前、こっち来いよ」



テオがハヤブサに向かってクイクイッと自分の元へ来るように人差し指を動かすと、バサバサと羽を鳴らして飛び上がったハヤブサがテオの腕にとまる。


あっさりとハヤブサを呼んだテオに驚き、「すご!」と拍手して素直に褒めるミア。


しかし、よく見るとテオが悪い顔をしていることに気付いて動きを止める。



「……テオ?」

「悪ぃな、ミア。言ったろ?敵同士だって」



テオが持っていた杖を振ると床からつたのようなものが発生しミアを縛り上げた。


ミアが身動きできなくなったことをいいことに、テオはハヤブサと一緒に走り去る。



「さ、サイテー!人でなし!!」

「いつも困らされてるお返しだっての。お前は大会が終わるまでそこでジタバタしとけ?」



悪戯っ子のように舌を出したテオに対しミアがぼそりと「ブルーノにチクってやる……」と呟く。


テオは内心それはまずいな……と思いつつ、ハヤブサを連れて図書館を出た。



残されたミアは試しにくねくね動いてみるが、蔦は絡みついて離れない。


忘れかけていたがここは闇の魔法学校である。


多少悪いことや狡いことを行う生徒は普通にいるのだ。



(まあテオの魔法だしね……。そう簡単に解除されなくて当たり前か)



手首を縛られていて杖に手を伸ばすこともできないので諦めたように脱力した。


玉を探しにこの図書館を訪れる生徒もそのうち出てくるだろう。


そういった生徒に助けを求めればもしかしたら助けてくれるかもしれない。


《知の部屋》の生徒でなければ、敵とみなされて無視される可能性もあるが。



(暇だな……)



拘束されてしまったせいでできることが本当になくなったミアは、あろうことか目を瞑った。



(寝よう)




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