使いの魔獣 ④



光が弱まり、ついに消える頃には、フィンゼルの獣の姿はなくなっていた。



「お前何したんだよ!?今の光ブルーノの魔法じゃねえだろ」



テオがこけて膝を擦りむいたミアに駆け寄り、魔法で傷を治しながら問う。



「魔法を……」

「何の魔法を唱えたんだ」



遅れて隣にやってきたブルーノがすかさず詳細を求める。


ミアはその声の低さに少し反省しながら、おずおずと顔を上げた。



「オフネントーア って」

「何でお前4年生で習う呪文知ってんだよ?」

「だって、頭に浮かんできたんだもん」



その呪文は、転移魔法の呪文だった。


テオとブルーノはそれなりの教育を受けているため知っているが、本来ならばリスクの大きさから高学年でしか教えられない呪文だ。


テオはすぐにミアの体に何か異常がないか目視でチェックする。しかしあれだけの魔力を持つ魔獣を転移させたにも関わらずミアは無傷だった。



(転移魔法でこれだけ身体を保っていられるのは、現生徒じゃラルフくらいだろ)



ラルフ――オペラ幹部の5年生で、現時点でこの学校で最も魔法の扱いを得意とし、最強と謳われる男の名前だ。


それと並ぶほどの転移魔法。


ミアの魔法はまだ覚束ない。先程の雪魔法も、秀でていたのは雪の量だけでコントロールはいまいちだ。


しかし、転移魔法に関してのみ言えば、天才と言う他なかった。



「つーかヤバくね?あんなやべぇ魔獣どこに転移させたんだよ?校舎に近い場所ならまた生徒が襲われるぞ」

「いや――魔獣の魔力が学園内から完全に消えた。おそらくミアは、あれを自分が構築した異空間に飛ばしたんだろう」

「はぁ!?杖もねぇのに」



杖がなくとも魔法は発動させ得る。


しかし、やはり杖は大きな魔力を扱う際に必要である。

元からある能力に更に上乗せができ、コントロールも安定し、ミスも減る。


杖がなければ発動させられない種類の魔法は沢山ある。転移魔法のような繊細な魔法もそのうちの一つだ。



ブルーノがミアの首からぶら下がる鍵を指差した。



「その鍵は母親の形見だと言ったな。何故形見だと分かった?そこは覚えているのか」

「あ……そういえば。何でだろう。お母さんの顔も思い出せないのに、これは形見だって何となく思う」

「……」



それほどこの鍵はミアにとって特別なものということだ。


ブルーノの隣にいるテオはふむと考える素振りを見せた後言った。



「これがこいつのマジックアイテム、ってことか」



マジックアイテムとは、魔力を増大させたりそのコントロール力を上げたりする物だ。

普通の魔法使いならそれが杖なのだが、安定した魔力を持つ者ならば他のアイテムを使う。


他のアイテムを自分に合うように調整することができれば、その方が杖よりも魔法に込める魔力の増大を図れるからだ。


しかしその“調整”を可能にするほどの魔法使いということになれば、この学校のオペラほどの実力があることになる。



(コイツほんとに何者なんだよ……)



ミアの出自が別の意味で気になり始めたのは、テオもブルーノも同じだった。


そんな二人の気持ちなど露知らず、ミアは呑気に質問をする。



「マジックアイテムって何?」

「あー、まあ、杖の代わりみたいなもんだ。俺ならこのリング」



テオはシルバーのリングを取り出してミアに見せた。


先程惑いの森を召喚するのに使ったマジックアイテムだ。



「魔法を発動させるのは杖じゃなくてもいいってこと?」

「いや。大きな魔法を使う時は別だけど、基本は杖の方がいい。マジックアイテムは魔力の消費が激しいからな」

「ふうん……」

「それよりお前、あの魔獣を出せるか?」

「……出さないよ。だって殺すでしょ」



自分で構築した異空間に飛ばしたということは、呼び出すことはミアにしかできない。



「殺すのは当たり前だ!あの魔獣が何人生徒を殺したか分かってんのか」

「あの魔獣とか言わないで!名前あるんだから!ロッティっていうの!」

「名前つけてんじゃねーよ!」

「あの子は私のペットにする!」

「黙れこの我が儘娘!オラ、出せ!」

「きゃあああああ!襲われるー!!」



ミアの襟を掴んで前後にがくがくさせるテオだが、ミアがウニヴェルズィテートの獣――ロッティと名付けたらしい――を出す気配はない。




「……どうするよ、ブルーノ」



ぴたりと手を止めたテオが、困り果てた表情で後ろのブルーノの方に振り向いて意見を求める。



ブルーノは眉間に皺を寄せ、目を瞑って腕を組み深く考えていた。困っているのはこちらも同様らしい。


状況を自分の中で纏めるためか、ぶつぶつと呟いている。



「……異空間にあの魔獣を仕舞っておけるなら、危険はない……それにミアが本当にあの魔獣を躾けることができるなら、最強の使い魔になるかもしれない……」



この学校では全生徒の魔法使いとしての育成を行う。


ミアを生徒としてこの学校に在籍させている以上、成長する機会を奪うのはいかがなものか――とブルーノは思い始めたのだ。



ロッティの召喚及び転移が自由自在になり、ロッティがミアの言うことをきちんと聞くようになれば、ミアは魔法使いとしてレベルアップする。


しかしそのためにはロッティの躾以上に、魔法の中でも最もリスクが大きく難しいとされる召喚魔法と転移魔法の両方を物にすることが要求される。


そしておそらく、ミアはそのどちらの才能もある。伸ばさない手はない。



「……ミア。まず、テオに礼を言え。テオがいなければお前はあの森に一生閉じ込められていたかもしれない」

「……え。……それはありがとう。助かった」



びっくりした顔でブルーノの言葉を受け入れたミアは、テオにあっさりとしたお礼を言った。


テオは「けっ」と言ってそっぽを向く。


ブルーノは続けて質問をした。



「それから、何故あの森に入った?」

「敷地内を探索してたら、見つけたから。何があるんだろうと思って」



ミアの好奇心旺盛が故に危険を察知できない性格に対し、大きな溜め息を吐く。



「今後、勝手に敷地内を探索することは禁止する。それが守れるならあの魔獣を飼ってもいい。ただし魔獣をこちらに呼び出す時は俺かテオの目に付くところにいろ」




ミアの表情がパァっと明るくなった。


それを見たブルーノはぐっと言葉に詰まる。ブルーノはミアのこの表情に弱かった。





「やっべ!もうすぐ4時限目始まんじゃん。説教は後な、ミア」



古びた懐中時計で時刻を確認したテオが慌てて箒に跨る。すると、ミアが地面に転がった杖を拾ってテオの後ろに乗った。



「おおおおい何勝手に乗ってんだ!乗せねぇから。定員オーバーだっての」

「私も急がないと授業間に合わない!」

「散々迷惑かけといてよくおめおめと俺に甘えられるな!?」



ギャーギャー騒ぎながら校舎へと向かう二人の後ろを、ブルーノは苦笑しながら付いていった。



変わらない日常だったところに、一人が落ちてきただけでこんなに慌ただしい日々になるのか。


気の休まる暇がなく疲れるが、それにほんの少しだけ面白みを感じているのは――きっとブルーノだけではない。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る